聖武天皇と光明皇后の壮大な夢  「東大寺大仏―天平の至宝―」展 東京国立博物館

青丹よし 奈良の都は 咲く花の にほふがごとく いまさかりなり その都にそびえ立つ東大寺の巨大な大仏と大仏殿。聖武天皇(701-756)は、なぜこんな大きな建造物を造ったのでしょう? 誰もが大仏さまに参拝するとき、不思議に思うはずです。今の大仏殿は江戸期に再建されたもの。創建当時の三分の二の間口です。

現在の建物もあんなに大きいのに、天平時代は想像もつかないほどの巨大建築物だったんですね! 聖武天皇は、どんな夢を巨像、大仏に託したのでしょうか? 

画像今年、2010年は、710年に元明天皇が
藤原京から平城京へ遷都して1300年目。 
また光明皇后が亡くなって1250年目の記念の年。 

以前からこの時代に興味があったので
少し本を読んでみました。そして東京国立博物館の
光明皇后1250年御遠忌記念、
「東大寺大仏―天平の至宝―」
展をのぞいてきました
天平時代の気分をちょっぴり味わえたような気が・・・・

奈良では平城遷都1300年祭が華やかだとか
太極殿や朱雀門、見に行きたいけど、遠いなぁ!
とても奈良へは行けそうにないので、 
近場の博物館でがまんすることに・・・・
でもやっぱり奈良へ行きたいのが本音(笑)

お好きでしたら喜多郎の「シルク・ロード」聞きながらお読みください (音量は小さくしてくださいね)


画像
(左)聖武天皇ー巨大な夢を生きる 中西進著 PHP選書 (右)彷徨の王権 聖武天皇 遠山美都男著 角川選書


本を読んでみてわかったことは、天平時代はとても活発な時代で、8世紀の幕開けと同時に、文明開化ともいえる新たな局面を行政・文化・宗教面で迎えたことです。

画像 中国大陸・朝鮮半島から多くの人とモノがやってきます
 西域からもシルク・ロードを通って 
 さらに唐からたくさん留学生が帰ってきます
 そのなか華厳経(けごんきょう)が伝えられます
 壬申の乱を知らない戦後世代が政治・文化の表舞台へ。

 重要文化財 伎楽面 酔胡従 (ぎがくめん すいこじゅう) 8世紀 東大寺蔵
 胡の人:ペルシャ人の面差しが・・ 


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そうした時代、東大寺は、聖武天皇と光明皇后が、幼くして亡くなった皇子の菩提を弔うために建てられました。 最初は若草山麓の「山房」だったそうです。その後大仏様で知られる盧舎那仏(るしゃなぶつ)が建立されました。 

奈良時代には、東西2つの七重塔(推定高さ約100メートル)を含む大伽藍でした! 「東大寺・大仏展」で展示されている復元模型には七重塔が! 焼失してしまったんですね! ああ、もったいない! 

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                       三年前に東大寺へ行ったおりに撮影。            
           大仏様は造立当時は金箔が貼られ、キンキンきらきら輝いていたそうです
                       現在目にする大仏は江戸時代のもの 
 
会場で驚いたのは、最新コンピュータ技術をつかった、バーチャルな、高さ約15メートルの大仏の姿を間近に体感できたこと。 東大寺は華厳宗(けごんしゅう)ですが、華厳経の説く壮麗な華厳宇宙がバーチャル映像で、正面の大スクリーンと天井に映し出されます。 また、天平時代の星空が再現され、とても美しく、良かったです!

たとえ解説書を読んでも、難解な華厳経は、私なんかにはわからないでしょう。 深遠な華厳宇宙のマルチ・ユニバース! 博物館のは初歩中の初歩の説明なんでしょうが、その宇宙観と超越世界のスケールの大きさに圧倒されました! それは少し、最先端の宇宙物理学が唱える宇宙の姿に似ていましたよ!

そしてみなさん、東大寺へ3Dバーチャル参拝できますよ! ←クリックしてください! すご~~いです。


画像東京国立博物館へは
東大寺所蔵の多くの国宝仏や至宝が
遠路はるばる出張されていました。
博物館の庭では萩が咲きこぼれ、
金木犀が咲き、いい香りがただよっていました 
芳しい香の中で仏様たちをお迎えできて
よかったなぁと思いました。


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          国宝 誕生釈迦仏立像及び灌仏盤 奈良時代・8世紀 奈良・東大寺蔵

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      重要文化財 地蔵菩薩立像 快慶 作 鎌倉時代・13世紀 実に気品高く美しいです

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                       国宝・八角燈籠 奈良時代 8世紀
本物の燈籠が東大寺からやってきました!これものすごく大きいです!広~い東大寺ではそうは感じませんが・・

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画像 今回、聖武天皇と光明皇后の親筆が出展されていました
 聖武天皇のは、国宝 賢愚経 巻第十五。 「大聖武」と呼ばれる経。
 威風堂々たる字でしたよ! (親筆とするのに異論があるとも)

 光明皇后の書は、以前、正倉院展で
 「楽毅論 がっきろん」を拝見したことがあります 
 黒々した墨で筆力がみなぎる字体。 堂々と書かれていました
 
 署名は「藤三女」 つまり藤原家の三女という意味
 光明子は藤原不比等と橘美千代の間に生まれ、皇族以外で
 初めて皇后になりました。

 楽毅論  光明皇后 筆 国宝 皇后44歳の筆 8世紀

 今回の出品は、上の楽毅論ではなく、重要文化財の般若経など数点
 とても端整な細やかな字で丁寧に書かれていました!
 

光明皇后(701~760)といえば、施薬院悲田院を設置した福祉事業家。 

私は小学校の頃、子供向けの「光明皇后」という伝記を読みました。子供向けですから、挿絵もたくさんついていましたよ。 

画像その伝記では、悲田院のお風呂場で汚らしいヨボヨボの
老人の背中を洗ってあげいる絵が載っていました
老人の背中はおできのようなものがいっぱいで
膿がたれているのです。カラーだったと思います 
 
「オエー」と顔をしかめました。 身分の高いきれいなお妃が
よくこんなことできるなぁ!というのが率直な感想でした
カラーですから、膿の部分がけっこうリアルでしたね
私にはとてもできない、と思ったものでした。
その老人は、今でいうハンセン病、つまり癩(らい)病に
かかっていました。 皇后は膿を口で吸い取っていました

すると、紫雲がたなびき、老人は黄金の光をはなち、消えました
老人は阿閦如来(あしゅくにょらい)だったのです

画 光明皇后 菊池契月(1879 - 1955) 

この話がどこまで真実なのか?伝説なのか?はわかりません
けれど、光明皇后が仏教に深く帰依していた人であり
権謀渦巻く宮廷のただ中にいながらも、仏教の説く「慈悲」を
彼女なりに一生懸命実践しようとしたことはまちがいないようです

というのも、光明子が皇后に立てられた(立后)その翌年(730 天平2)
に、病人に薬草を施す、施薬院を設置しているからです。
身寄りのない貧しい病人を療養させる、悲田院の設置もほぼ同時期と
考えられることから、彼女の救済事業への積極的な意志が伝わってきますね!


画像
  (左) 光明皇后 林睦朗著 吉川弘文館 (右) 奈良の都 その光と影 笹山晴生著 吉川弘文館


画像 聖武天皇の治世を特徴づける仏教に対する深い信仰 
 その信仰を支えた皇后、光明子の仏教への篤い帰依
 ふたりは701年生まれの同い年でした

 この時代は、一癖も二癖もあるキャラが総出演する一大絵巻を
 見ているようです。 美男美女がいて・・・怪しげな僧もいて・・

 聖武天皇夫妻にくわえ、唐招提寺の鑑真、怪僧、玄昉(げんぼう)
 吉備真備、行基、藤原不比等、藤原四兄弟、藤原広嗣、橘美千代
 橘諸兄、長屋王、藤原仲麻呂、そして夫妻の娘で女帝となった
 孝謙・称徳天皇、道鏡などなど。 本当に面白いです!

 光明皇后がモデルだという、十一面観世音菩薩立像
 奈良・法華寺 8世紀 (左)

 中西進氏の「聖武天皇」では、巨大な夢を生きた
 天平の英主としてのまったく新しい聖武像が魅力

 また遠山美都男氏の「彷徨の王権~」では天皇とは
 いかにあるべきか?を探求してやまない聖武像が新鮮

林睦朗氏の「光明皇后」は、たんたんとした語り口で、皇后の叡智と仏への帰依によって数々の事業を成し遂げるものの、公私にわたって悲喜劇に見舞われる一女性を描いています。

聖武天皇と光明皇后は、仏法をもって良い国を築こうとする、とても高い理想と壮大な夢をもっていたような気がします。そしてふたりには、その理想を実現するだけの最高権力者としての財力と地位がありました。 かならずしもそれは成功はしませんでしたが・・・ 

    藤浪の 花はさかりに なりにけり 奈良の都を おもほすや君

華やかな奈良の都を想って詠った万葉集、大伴四綱の歌

こうした光あふれる外の面があると同時に、内実は、天災、飢餓、疾病、大事業に使役される人々の苦難、権力闘争、陰謀渦巻くドロドロの影の面が人々を苦しめました。 しかし、とてもエネルギーと活力に満ちた時代だったようですね。   

やっと涼しくなり、少し本を読んだこの頃です。 さいごに、光明皇后の歌を・・・いい歌ですね。

    我が背子と 二人見ませば いくばくか この降る雪の 嬉しからまし

(聖武天皇亡きあと、あなたと二人で見たとしたら、どれほどこの降る雪が嬉しく思えたことでしょうか)

上野からの帰り道、公園にケイトウがきれいに咲いていました。 秋の紅い装いでしょうか。

画像
 


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参考

東京国立博物館 特別展「東大寺大仏―天平の至宝―」の詳細  ← クリックしてください。

大仏について 私たちが目にする現在の大仏は、江戸時代につくられたもの。 天平時代の大仏は源平争乱の中で焼失。 鎌倉時代に再建されたが、戦国時代に松永久秀らに焼かれました。 造立当初からのものは、台座の一部だけ。 残念ですね! 

光明皇后については ここ を

「東大寺・大仏」展ではフィギュアが販売されています。 せっかくなので記念に購入しました(笑) 可愛いです。 
フィギュアの詳細については ←太字をクリックしてください。

画像


 
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