時空を超えて

アクセスカウンタ

zoom RSS 鎌倉・鶴岡八幡宮の大イチョウの現在は? 源実朝に寄せて

<<   作成日時 : 2010/06/13 10:32   >>

トラックバック 0 / コメント 8

画像先日同僚のお宅(バラの庭のある)に伺った帰り
鎌倉の鶴岡八幡宮に立ち寄りました。
134号線は相変わらずのすごい混雑。
鶴岡八幡宮では今年の三月、樹齢1000年の
ご神木の大銀杏が強風で倒れ、騒然としました。 
その後どうなったのかな?
とみんなで見に行くと

わっ!芽吹いています!大銀杏が植わっていたのは、
向かって左です。残った根から新芽が元気に出て、
密生しているではありませんか! 
右は、倒れた太い幹を、根から4m上で
切断して移植したもの。
この幹からも新芽が出ていました!

幹については根付いたかどうかは、まだわからないそうですが・・・でも、なんだか嬉しくなってしまいました。

画像

このところ色々大変でした。母が入院し、ウチの猫(15歳)が動けなくなり、あたふたとブログどころではなく、陽性な私もさすがに落ち込んでいます。猫はこの夏は越せないだとうと、獣医さんから言われています。余命をゆっくり家で過ごせればいいなぁと。 ただそれだけを願うのみ。それで、気持ちが明るくなるニュースでも載せようかな?なんて。下は3月10日に倒れたときのニュース映像(朝日新聞)です。 




画像画像



















ご神木の大銀杏は、別名、「公暁の隠れいちょう」。 伝承によれば、1219年、鎌倉幕府第三代将軍の源実朝(1192−1219)を、暗殺した、甥の公暁(くぎょう 1200-1219)がこの銀杏の木の陰に隠れて、実朝のすきをうかがっていたとされています。

実朝は、上の写真の石段(モチロン当時の石段ではありませんが・・)で公暁に斬られ、首をはねられ、落命したとされます。 ここが実朝暗殺の舞台だったのでしょうか? 伝承ではそうですが、この伝承は江戸時代に生まれたらしいとも。 真相はどうやら異なるようですね。 大銀杏は樹齢1000年ですので、当時は隠れられるほどの大きさではなかったと推測されるからです。 じつは、八幡宮の社殿の中で、公暁たちに斬られたらしい?

画像


鶴岡八幡宮は1063年、京都の石清水八幡宮から分霊を由比ガ浜に勧請したのが始まり。 源氏、そして鎌倉武士の守護神です。 そして実朝には生前、鶴岡八幡宮を詠んだ歌があります。 

鶴がをかの 神のおしへし よろいこそ 家のゆみやの まもりなりけれ 

鶴岡八幡宮に伝わる鎧(よろい)こそ、武芸をなりわいとするわが家、源氏の守りである (訳)

こんなふうに詠ったのに、ここで命を落としたとは・・・・鶴岡八幡宮では各種お守りを売っていましたが、ここのお守り、はたして効くのでしょうか?(失礼の段、お許しを

公暁は実朝の兄の頼家(二代将軍)の次男です。 三代将軍、実朝は27歳の若さで落命します。そして公暁は20歳で処刑。兄の頼家は23歳で伊豆修善寺で北条氏によって討たれていますし、その男子たちもみな若くして非業の死。 実朝には男子がいませんでしたら、頼朝の血統は絶え、母の政子の実家北条氏が政治の実権を握ることに。

画像
                                   源平池

あれあれ、明るくするはずが、暗〜い話題になってしまいました。頼朝の血統をめぐるこのあたりの歴史は、陰惨をきわめますね。 北条氏の出である母、政子はいったいどういう気持ちだったのだろうか?と暗澹とします。 八幡宮を出て、実朝と政子の墓を訪ねました。 ふたりのお墓は、寿福寺の墓地にあります。 寿福寺は鎌倉五山のひとつ。 八幡宮から歩いて30分ほどの距離です。

画像
                           寿福寺 臨済宗建長寺派

画像 寿福寺の境内からつづく細い道を行くと
 鎌倉特有の地形があらわれます。
 その先に墓地が広がっています。
 ふたりのお墓は崖を切り抜いたところにあります。

 3年ほど前に吉本隆明さんの「源実朝」金槐和歌集 を少し読み
 感銘を受けました。実朝の和歌の先生は藤原定家でした。 
 詩才ゆたかだった三代将軍実朝。 痛ましいです。
 
 このあたりは閑静でホトトギスが鳴いていましたよ。
 実朝にはホトトギスを詠んだ歌がたくさんあります。
 ウグイスは、「ホーホケキョッ」と鳴きますね。 
 ホトトギスの鳴き声はここをクリックしてください。 
 
実朝さんはホトトギスの鳴き声が好きだったのではないでしょうか? ホトトギスの鳴き声が聞こえてきそう!↓


 さみだれに 夜のふけゆけば ほととぎず ひとり山辺を 鳴きて過ぐなり

 五月山 木高き峰の ほととぎす たそがれ時の 空に鳴くなり

画像


画像
画像
       母、北条政子の墓                      源実朝の墓

ふたりのお墓は並んでいます。どちらも石塔です(見えにくくてすみません)。訪ねたときは他に人っ子ひとりいません。それは静かでした。ちなみに、実朝の首は、神奈川県秦野市に埋葬されています。 そして八幡宮には実朝を祀る白幡神社があります。

画像
         写真左が実朝の墓。 政子の墓は実朝のさらに左ですので映っていません

鎌倉ではアジサイが咲き出していました。 アジサイ寺として有名な明月院は、すでに人が押し寄せているそうですよ。 以前見に行ったらアジサイというより人を見に行った記憶が・・・ 

画像


現在放映中の「龍馬伝」の坂本龍馬、また高杉晋作、吉田松陰さんなどは、幕末という激動の動乱期に生をうけ、それにふさわしい方たちでした。 他の時代だったら志士の方たちは行き場がなかったかもしれません。 

一方、実朝さんは鎌倉初期、源氏の嫡流に生をうけたのが、不憫です。 12歳で元服、本質的には詩人なのに、源氏の棟梁の座はさぞ窮屈で辛かっただろう、と思うのですが・・・・

世の中は 常にもがもな 渚漕ぐ 天の小舟の 綱手哀しも   

と詠った実朝。 北条氏の権力の大海で、将軍にもかかわらず、すべてが思い通りにいかない哀しさ(上の歌がそういう意味がどうかは不明・・・・・)

画像
                                  ホタルブクロの花


もし、源実朝が鎌倉時代の初期ではなく、現代に生を受けていたら、と想像します。現代といかないまでもせめて近代にでもと。 もしそうであれば、彼は早稲田あたりに通い、村上春樹さんのような学生時代を過ごし、詩人か作家か、文学者になっていたのではないでしょうか? できるならそうさせてあげたい!ノーベル文学賞ぐらいは、軽〜くとれたりして・・・

高校の古文のテキストには必ず実朝の歌がどれか載っています。 私の教科書は「箱根路をわが越えくれば〜」でした。

こんなステキな歌も残していますよ。

 いにしへを しのぶとなしに ふる里の 夕べの雨に 匂ふ橘

雨がふると、濃密な湿気のなかで花の匂いはいちだんと深まりますね。 鎌倉には小雨が似合うような気がします。母の本棚で見つけた「時雨の記」のように。 寿福寺の屋根には、源氏の紋所、笹リンドウ。 いにしえのこの地の主(あるじ)の存在を今に伝えています。

画像


                        がんばれ!大銀杏!

画像



前の記事 モネ、ジヴェルニーの庭 ボストン美術館展とオルセー美術館展2010 

次の記事 焼酎「百年の孤独」の味は? ヤマモモの実る頃 


 ボタンの押し違えで気持ち玉が消えてしまいました。ごめんなさ〜い!お詫びいたします!

お返事が遅くなりますのでコメント欄は閉じてあります。

...................................................................................................................................................................................................
おまけ

画像ウチの庭にもホタルブクロ(蛍袋)が咲きました。 
華やかな洋花もすてきですが、ちょっと地味なホタルブクロが好きです。

現在のところに越してきたときに、
ご近所のおばあちゃまからいただいたもの。 

庭に自生している(自生というより、草むしりをサボった結果、
のさばっている)ドクダミの花といっしょに活けてみました。 

活ける? オコガマシイ! そんな粋なものではなく、つっこんだだけ・・・・(笑)

画像




源実朝 (ちくま文庫)
筑摩書房
吉本 隆明

ユーザレビュー:
天才的な詩魂を持った ...

Amazonアソシエイト by ウェブリブログ商品ポータルで情報を見る



金槐和歌集 (岩波文庫)
岩波書店
源 実朝


Amazonアソシエイト by ウェブリブログ商品ポータルで情報を見る


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。
サファイアさんの手にかかると、鎌倉の観光名所・鶴岡八幡宮も、歴史ロマンをたっぷり感じる場所になりますね。むか〜し、政子を岩下志麻が演じた大河ドラマを思い出しつつ、読みました。
お母様、ミイちゃん、お大事に。家族が体調を崩すと、精神的にまいりますよね。それもダブルで。サファイアさんご自身も、体調に気をつけてくださいね。
norako
2010/06/13 19:33
norakoさん、ありがとうございます。
今回はさすがにかなりまいっています。ミィーはゆっくり過ごすぐらいかな?できることは(点滴以外に)
岩下志摩さんの大河ドラマがあったんですね。見てないのが残念です。
帰りに立ち寄ったついでに寿福寺のほうに足を伸ばしました。お墓は初めてでした。散歩にいい距離だと思います。
norakoさんの復活が長くつづきますように!(笑)九州の記事、楽しみにしております! コメントありがとうございます。
☆サファイア
2010/06/13 21:33
「鶴岡八幡宮の大イチョウの現在」が、よく分かりました。やがて大樹になって、ふたたび鎌倉の名木になって欲しいですね。
実朝がノーベル賞を獲ったという想像は、愉快です。そういえば、学生のころ、春樹みたいなのがO講堂(構内図書館でなく)の片隅で何やらこつこつ書いているのを見かけたっけ。
お母さま、そしていとしのミーちゃんのことが、心配されます。一日もはやく快癒されんことを、祈っております。

minoc
2010/06/13 22:56
minoさん、ありがとうございます。
ミーはもはやヨレヨレですが、トイレだけはちゃんと行きます。猫ってエライですね!先生のお話では死の直前までトイレに自力で行くそうです。
大銀杏が元気に芽吹いているので嬉しいです。大樹になってほしいです。
実朝さんなら春樹さんより優れたものを書くのではないでしょうか(笑 春樹様お許しを・・)大隈講堂の前を時々通りますが、なんせみんな元気ですね!太鼓を打ち鳴らしたり、音楽ガンガンで・・コメントありがとうございます。 
☆サファイア
2010/06/13 23:39
私も 岩下志麻さんが演じた北条政子のイメージが強くて鎌倉幕府って言うと 岩下志麻さんを思い出します。
ミーちゃん 天寿を全うして欲しいですね。お世話たいへんそうだけど がんばってください。お母様は大丈夫ですか?
丸み
2010/06/14 16:12
丸みさん、こんばんは
岩下志摩さんの政子、時間があるときにDVDで見てみますね!すごく似合ってる感じがします。美しすぎるかも(笑い)政子さんは史実では美人ではなかったようです。母の件、ご心配くださってありがとうございます。この記事は半分以上バラのところで書いていたので、昨日仕上げたのですが、新たな記事は母が落ち着いてからにしようと思っています。少しお休みするかもしれません。丸みさんところの猫ちゃん、いつも楽しみにしております!!
☆サファイア
2010/06/14 19:37
サファイアさん、おはようございます。
お母様のこと、ミーちゃんのこと本当に心が痛みます。出来る限りのことをしてあげてくださいね。サファイアさんのブログが少々お休みになったって、いつまでも再開を楽しみに待っています。ホタルブクロとドクダミの花、可憐でとってもきれい。星野富広さんがドクダミのこと「おまえの花、白い十字架ににていた」と詩集に書いていました。『白い十字架』っていう名前だったらよかったのに・・ サファイアさん、くれぐれもお身体大切に。またサファイアさんの記事が読めるのを楽しみにしています。
MOKO
URL
2010/06/15 08:07
MOKOさん、ありがとうございます。
MOKOさんちのワンちゃんは元気でなによりです。動物は人より早く逝くから送ってやれる方が幸せですね。動物が後に残されたほうが可哀想ですから。このところの心労で私も検査するようにって。ちょっとまいってます。
ドクダミは名前の付けかたがよくないですね。「白十字草」とかにすれば、もっとステータスが上がるのではないでしょうか? 星野富広さんのその詩は読んでないので、今度探して読んでみますね。私の方の更新はいつになるかわかりませんが、MOKOさんの記事、楽しみにしております。藤の記事、出るんでしょ?またお邪魔いたします。  
☆サファイア
2010/06/15 20:50
鎌倉・鶴岡八幡宮の大イチョウの現在は? 源実朝に寄せて 時空を超えて/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる