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比叡山の北西山麓に位置する大原の里 「京都大原三千院」と歌われ、三千院がスター的存在ですが、大原にはいくつかの趣ある小さな寺院が点在しています 大原は千年以上前より魚山(ぎょざん)と呼ばれ、仏教音楽である声明(しょうみょう)の発祥の地 これら寺院は、比叡山の天台宗系の寺院です 神護寺、高山寺を訪ねた翌日、宿舎から近い三千院とその近辺を散策しました 桜=ソメイヨシノは散りかけ でも山桜、しだれ桜、木蓮などの花に彩られ華やぐ四月初旬の大原の里 誰だってここを歩けば、ちょいっとばかり風流な気分にひたれます デート・コースにも最適かな 朝早かったせいか人はまばら 三千院では石楠花(しゃくなげ)の花が咲きだしていました 三千院の創建は伝教大師、最澄(767〜822)が比叡山延暦寺を建立するさい、草庵を結ばれたのにはじまります 皇子や皇族が住職を勤めた宮門跡です 阿弥陀三尊(あみださんぞん)像(国宝)を拝見いたしました ここの天井、舟底型に折りあげてあります 天井は真っ黒になっていますが、かつては美しい「空色」の天井に天女が舞っていました 三千院の庭園は杉木立のなか、苔の大海原になっています 紅葉の頃は本当にきれいです でも人、人、人ですが・・・・ 石段をのぼり、観音堂のほうへ向かいます 観音堂には身の丈3メートルはある観音さまがお祀りされています 観音堂ふきんには、しだれ桜や黄色いレンギョが満開です 三千院をあとに、来迎院(らいごういん)のほうへ向かいます 風情ある道がつづいていますよ このあたりは観光客もいず、静まりかえっています 来迎院は隔絶した雰囲気をもつ古刹(こさつ)です 来迎院 ほんとはもっと時間をかけて大原の里をゆっくり歩き回りたかったのですが・・・・学生時代のようなわけにはいきませんね 時間を気にせず遊びほうけたあの良き日々みんな「ワルがき」から更生して、今やリッパな大人 この世の責任とやらがあります それで三千院の近くのお寺をコンパクトに回ることにいたしました 来迎院には私たち以外には誰もいませんでした お堂にあがり、ゆっくり拝観いたしました 平安時代初期(9世紀)、天台宗の開祖、最澄の直弟子、円仁上人(えんにん上人 794〜864)が声明の修練道場としてひらきました 時代がすすむと叡山は俗化し、平安時代末期、修行の地をもとめ良忍上人はこの地に来迎院を建立し、隠棲されました。来迎院にて修行中、阿弥陀如来から誰もが速やかに仏の道に至る方法である偈文「一人一切人 一切人一人 一行一切行 一切行一行 十界一念 融通念仏 億百万編 功徳円満」をさずかり、融通念仏宗を開宗されたとか。 来迎院本堂 室町時代 →ここの本尊は薬師さま、お釈迦さま、阿弥陀さまの三如来さま すべて国の重文 本堂は古びていますが、黒光りする重厚な板の間です ほんのひととき、のんびり語らいました。 合板ではない自然の素材をつかった昔の板の間って、気持ちいいですね ←法林院 来迎院をあとに、法林院を見て、実光院に向かいます 実光院は法林院の子院です 実光院の庭ではハクモクレン、山桜、しだれ桜が満開でした 猩猩袴(ショウジョウバカマ)の可憐な花がいたるところに咲いています 下の桜は、有名な不断(ふだん)桜 満開です この不断桜は秋〜冬にも花が咲く不思議な桜です 池泉(ちせん)鑑賞式の庭園 実光院をあとに、平家物語、建礼門院ゆかりの寂光院へ向かいます594年、聖徳太子が父用明天皇の菩提を弔うために建立された寂光院 1185年, 平清盛の娘である建礼門院徳子は、壇ノ浦の合戦で安徳天皇を失くし、安徳天皇と平家一門の冥福を祈るため出家し、大原の寂光院に隠棲しました 苔むした門のあたりには、ピンクの山茶花(さざんか)が何輪も咲いています ほととぎす 治承寿永の御国母 三十にして経読ます寺 与謝野晶子 寂光院や三千院のある大原の里は、その昔声明や念仏行者の修行の地であり、貴人の隠棲の地だったそうです 平成12年(2000)に本堂が全焼するという放火事件がありました 今の本堂はその後再建された新しい本堂です 火災で建礼門院像も焼失しました 現在安置されているのは新しくつくられたもの寂光院の東側にはかつての中宮である建礼門院の御陵があります。 菊のご紋章が掲げられている立派なお墓です 平家は滅亡し、生き残った建礼門院は、人里はなれたここ大原で、高倉・安徳天皇をはじめ、平家一門の冥福を祈る日々をすごします 尼になった建礼門院をたずねて、後白河法皇が寂光院を訪れたのは文治2年(1186年)のことです この時期、源頼朝は義経の行方を必死に探していました 大原御幸(ごこう) 下村観山 明治41年 東京国立近代美術館 思ひきや 深山(みやま)の奥に 住居(すまい)して 雲井の月を よそに見んとは 建礼門院 紫のモクレンの花が咲きはじめていました 壇の浦で入水した建礼門院は、義経の水軍の兵によって、熊手で髪を引っかけられて引き上げられたのです その後の悲嘆の日々を想うとき、私の悩みなどささいなもの たった一日だけの京都での休暇 時間にすれば26時間ぐらい けれどそれは、高校時代からの友と過ごした貴重な時間でした みんな「休暇モード」にサヨナラし、家路につきます 私はここから「女中モード」に切り替え、体の具合が悪い母の待つ実家へ、ホームを急ぎます 娘が選んでくれたフリフリ・フリルのメイド・カフェ風なエプロンをもって、「女中」は発車のチャイムの鳴る快速に運良く飛び乗れたのでした 関連記事 ■神護寺 明恵上人 1■へ ■高山寺 明恵上人 2■へ ■明恵上人の不思議な現象とあるべきようは 明恵上人 3■へ ......................................................................................................................................................................................................... 参考に ■三千院 HP■ ■寂光院 HP■ 「歩く旅」シリーズは写真や画像が多く楽しく読みやすい コンパクトでぶ厚くないのでお気に入り 平家物語を歩く―清盛、義仲、義経、建礼門院…源平ゆかりの地 (歩く旅シリーズ 歴史・文学)
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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こんばんわ |
サザンエース 2008/04/26 18:56 |
こんばんは サザンエースさまの岡山・広島旅行のアルバム拝見いたしました。お城がステキですね。それからなんといっても宮島!あそこはまだ行ったことがないので、ぜひ一度行きたいです。富士山もきれいに撮れていますね。 |
サファイア 2008/04/26 21:26 |
サファイアさんこんにちは。♪京都、大原、三千院〜♪の歌 |
MOKO 2008/04/30 13:38 |
MOKOさん、こんにちは。写真は実光院までがデジカメ、そこで電池が切れてしまい、寂光院は携帯です。私、ようやくデジカメが少し扱えるようになりました。一眼レフとかの高級機ではなく、初心者向けの安物ですが・・・マニュアルを読むのが苦手で適当に操作をこれまでしていたらやはりね。かなり慣れてきたので、最初の頃よりマシですが・・・みなさん、プロ並みにお上手ですね。湯西川、行きたいのですよ! 鬼怒川の清流にのぞむ平家ゆかりの里なんですよね。平家ゆかりのお食事が出るときいています。川治温泉まで行ったことがあるのですが・・・ああ、湯西川温泉行きたいです←宿題です。きっとMOKOさん詳しいでしょうね。平家の方、湯西川まで落ち延びられたのですね。頼朝の落人狩りは苛烈をきわめたとか。湯西川が落人の北限なのかしら?その当たりはよく知りません・・コメントありがとうございます。 |
サファイア 2008/04/30 15:11 |
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