時空を超えて

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help リーダーに追加 RSS 京都 神護寺を訪ねて 月の歌人 明恵上人 1  

<<   作成日時 : 2008/04/16 12:06   >>

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画像 明恵上人樹上坐禅像

 国宝 鎌倉時代 

 生涯、天竺(インド)への強烈な憧れを抱きつづけ、釈尊(お釈迦さま)だけを師と仰いだ、鎌倉初期の名僧、明恵上人(みょうえしょうにん)。 

 明恵上人の「静かで透明な生き方」、そしてそのシンプルな教え、「あるべきようは 阿留辺畿夜宇和」は、今なお、現代を生きる私たちに一筋の光を投げかけています。

                      ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 京都駅の改札の向こうで、なつかしい面々が手を振っています。二年ごとに開かれる同期の集まりの会場、今年は京都八瀬(やせ)。 前回は伊豆でした。

 「○○ちゃ〜ん!」と耳を疑うような奇声をあげる友人。私たち、いったい幾つになったんでしょうね?

 「●●ちゃ〜ん」と、負けじと叫び返す私。はしたないこと限りなし。高校時代そのまんまのおバカの再現から、恒例の同期会は始まりました。 

 夕方までたっぷり時間があるので、先に高尾山 神護寺(じんごじ)と 栂尾(とがのお)高山寺(こうざんじ)へ向かいます。 

 実は私は明恵上人の大ファン。今回の京都行きを機に、明恵上人ゆかりの二つのお寺を、ぜひまた、訪ねたいと思っていました。

 友人たちみんな、京都の寺社のほとんどを、一度は拝観しているためか、「観光はどこでもいい」とのありがたい仰せ。 そこですかさず、この機会を逃すまいと、けれどあくまで遠慮深く、「神護寺と高山寺に行きた〜い!」と希望したわけなのです。 

 「観光」というより、じゅ 巡礼のつもりなんだけど・・・と内心思いながらも、ひとりだけ自己チューに巡礼気分にひたるわけにもいきませんよね、集団行動ですから。で、にこやかに「観光」で妥協。 

 ハイ、心やさしい友人たちですから、ちゃんと車を出してくれていました。もつべきは友ですね。神護寺への道すがら、山麓には赤紫の山つつじが満開でした。

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高尾山神護寺へ
 

画像 清滝川のせせらぎにかかる朱塗りの橋を渡ると、神護寺への参道である山道があらわれます。

 急な石段がずっとつづいています。
 先に仁王門が見えてきました。


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 前日は大雨。当日の朝も嵐が吹き荒れ、午後も雨の予想。悪天候と思い込んだ方が多いのでしょうか、市街から離れ、紅葉の季節でもない高尾の神護寺を訪れる物好きな方はあまりいないようです。 というか、ほかに人影なし。 

 けれども仲間内では、<最強の晴れ女>と言われている私。 天気だけは自信あり。参道を登るころには、駅ではパラパラ降っていた雨がピタッと止みました。 (摩訶不思議なんですが、いつも晴れるか雨があがります)

 有名寺院にもかかわらず、人っ子ひとりいません。広い山寺は、私たちだけの貸切状態。これにはみんな大満足!境内には山桜、しだれ桜が咲いています。

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 神護寺は真言宗の山寺。その前身は、平安京造営(794〜)の最高責任者であった和気清麿(わけのきよまろ)の氏寺です。 天長元年(824)、河内の神護寺と併合されて神護国祚(そ)真言寺となりました。

 最澄や空海も招かれて鎮護国家の道場となり、14年間住職をしていた空海(弘法大師)を初代としています。 

 のちに荒廃しましたが、寿永3年(1184)、文覚上人が源頼朝の援助のもとに再興しました。

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                      金堂
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画像 しだれ桜が美しい金堂で本尊、薬師如来立像を拝見いたしました。両脇に日光菩薩、月光菩薩 (両仏とも重文)  本当に静かです。私たち以外に誰もいないのですから。 

 山岳修行を反映してでしょうか、とても厳しくおごそかな薬師さまです。身が引き締まる感じがします。 明恵上人も若き日、この薬師仏に祈りをこめられたと聞いています。合掌 

 国宝 薬師如来立像 神護寺HPより


 金堂からの眺め 五大堂 / 毘沙門堂          塔頭地蔵院前

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 金堂から少し歩くと塔頭地蔵院があり、ここで「かわらけ」投げができます。山門の受付で「かわらけ」を求めておき、願いをこめ、錦雲渓(きんうんけい:下の写真)へ投げました。

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 霧が立ちこめる深山渓谷へ、「かわらけ」はピューンと飛んでいきました。わりと上手に投げられましたよ。はるか下に清滝川が流れています。 

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 たぶん若き日の明恵上人も、この景色をご覧になったことでしょう。 神護寺の山域を歩き、また座禅も組まれたことでしょう。800年前、明恵上人が歩いた同じ土地を歩き、眺めた同じ景色を見ているのだと思うと、嬉しくなります。

 明恵上人のような大きな人物について、私ごときがブログを書くことじたい、気がひけます。
 
 けれど、明恵上人のファンとして、「こんなにもステキな方なのよ、みんな聞いて聞いて!」と言いふらしたいミーハーなファンの心理をどうかご理解ください。  

画像 明恵上人は、1173年紀伊(現在の和歌山県)の生まれ。

 父は平家 御家人(ごけにん)の平重国です。生まれたのは、鎌倉幕府成立のほぼ20年前ですね。

 明恵上人が生きた時代、それは平家から源氏へ、源氏から北条氏へ権力が移り、本格的な武家政権が構築された時代でした。


 精神世界においては、明恵上人のほかに、法然、親鸞、道元、日蓮などが現れ、仏教がもっともダイナミックに活性化された激動の時代です。(以下敬称略)

 1180年、明恵 8歳のとき、母の死につづいて、父も源氏との戦で戦死します。翌年、明恵は母方の叔父 上覚 を頼って高雄山神護寺に入山し、文覚(もんがく)の弟子となり、仏道修行を始めます。

 その後、仁和寺・東大寺で真言密教、華厳(けごん)など、当時の最高の学問を学び、同時にきびしい修行をされたようです。

山桜が満開  当時はソメイヨシノではなく山桜                        
画像 源頼朝が義経を討ち、幕府を開いたとされる1192年(異説あり)、明恵は20歳。 

 この前年より『夢記』を書きはじめ、生涯にわたって夢の記録を書きつづけました(夢記の話はのちほど)。

 しかし、23歳の時に神護寺を出て紀州有田へ帰ります。西の峰に草庵を作って修行の場とし、遁世します。

 当時の仏教界をおおう俗臭に耐えられなかったとも言われています。

 その後、1206年、後鳥羽院より高山寺を賜るまで、神護寺との間を行ったり来たりしながら、ひたすら仏道に専念され、周囲には、その温和で高潔な人柄と徳を慕う人々が自然と集まってきます(次回へつづく)。


月の歌人

画像 明恵はまた、「月の歌人」として知られ、数多くの月の歌を詠んでおられます。

 くまもなく 澄める心の かがやけば わが光とや 
 月思ふらむ 


 意味:くまなく澄み切った心が、余すところなく輝いているので、自分の光だと月は思うだろうか。


 上の歌、月の光の透明感がなんとも美しく、明恵さんの澄んだ心と照応していますね。 心が澄みわたり、澄みきった心は光となり、月光と一体となって輝いています。この歌大好き!

 ただ、左の月の画像はNASAからお借りしているため、「くま」が見えておりますが・・・(すみません、明恵上人、NASAの高感度カメラのせいです)

 また、こんな無邪気な歌もつくっておられます。

 あかあかやあかあかあかやあかあかやあかあかあかやあかあかや月

 意味: あかあかは月光の明るいさま

 さらに、

 昔みし 道はしげりて 跡たえぬ 月の光を ふみてこそ入(い)れ

 意味:あの時、よく知っていた道はいま草が生い茂り、道がどこかわからなくなってしまっている。月の光を踏んで(草むらの中の道へと)入っていくのだ

 ↑の歌、とても象徴的ですね。草ぼうぼうの草むらでチンタラ停滞している私を、導いてくれる月の光がほしいものです。

 ほかにも月を詠んだ歌が多くあります。明るく透き通る月の光、明恵さん、きっと大好きだったんでしょうね。

 雲をいでて 我にともなふ 冬の月 風や身にしむ 雪やつめたき

                   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 明恵さんのことを想いながら、神護寺の裏道を下りてゆきました。霧の中の木立は、まるで東山魁夷(かいい)の絵のよう。 

 本当はもっとじっくり歩きまわりたかったのですが・・・でもワガママは言えません。 京都市街から、遠いここまで連れてきてくれた友人たちに感謝でいっぱいです。 

 これから高山寺へ向かいます。 高山寺は世界遺産です。

画像




 続きの記事■京都 高山寺を訪ねて 明恵上人 2■へ

明恵 運命の恋 最終回■へ


明恵上人 6  夢記 2 大孔雀王/塔を昇る夢■へ

明恵上人 5 夢記 1 耳切り事件■へ



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参考に

@ 明恵上人の一生を描いた絵本を下のサイトで読むことができます。絵が楽しく、わかりやすいです。
 ■絵本 明恵上人


A 神護寺の秋の紅葉は日本で有数のもの。ただですね、すごい人出ですが・・・
  下のサイトで神護寺のすばらしい紅葉を見ることができます。
 
 ■京都紅葉の旅、神護寺


B ■高尾山 神護寺ホームページ


C 文覚(もんがく)上人

 文覚は俗名は遠藤盛遠(えんどうもりとお)といい、もとは上西門院の北面の武士でしたが、十九歳のときに、人妻である袈裟御前(けさごぜん)を横恋慕し、思いあまって夫を殺そうとし、誤って袈裟御前を殺してしまいます。 この事件をきっかけに盛遠は出家をします。のちに神護寺を再興しました。 詳しくは■Wikipedia 文覚

D 明恵上人に関する本 (1)

画像 明恵上人伝記
 ↑クリックすればYahooBooksの説明へ 
 
 平泉洸/全訳注   講談社学術文庫 526

 原文(古文)のあとにわかりやすい現代語訳がついています。とても面白い。
 明恵上人の不思議なお話も満載。

 本書は復刊された文庫版。なぜかアマゾンでは文庫版はなく、高価なハードカバーしか売っていない。



 ■交通案内
 
 : 国道162号線を、「福王子」交差点から「京北 高雄」方向へ約6km

 公共交通機関
  JR京都駅、地下鉄烏丸線京都駅からJRバス「高雄・京北線」で約50分、
  「山城高雄」下車、徒歩約10分
 
  阪急京都線烏丸駅、地下鉄烏丸線四条駅から市バス8号系統で約45分、
  「高雄」下車、徒歩約10分





明恵上人―静かで透明な生き方
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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
(*^_^*)サファイアさんのブログが読める上、テーマが明恵上人だなんて、とっても嬉しいです。
今回は学術ネタから女性週刊誌ネタまで、楽しみにしてますよー。
ご紹介の本、さっそく注文してしまいました(=^^=)
伝記のほうは、文庫を本屋さんで探してみます。
以前ゴッホの記事で、ゴッホが耳を切ったのは、明恵上人の事を知っていたのではないかと読みました。ちょっと驚きです。
ところで、私の友人に雨女がいます。当然私も一緒にいる時に降るので、どちらが雨女?と思っていたのですが、私以外の人と出かけても雨が降ると知りました。一緒に旅行行きたいけど、旅先での雨はなー。
norako
2008/04/16 22:25
のらこさん、こんばんは。のらこさんも明恵上人の大ファンでしたよね。楽しんでいただけると嬉しいです。ただ、明恵上人に女性週刊誌ネタはほとんどないかも(笑)在原業平とはかけ離れているからね。ゴッホが明恵さんの耳切り事件を知っていたとは・・・!
明恵上人の「夢記」についての河合隼雄先生の本、超面白いです。これについて少し感想を載せたいと思っています。「夢記」はすごいです。またのちほど。コメントありがとうございます。
サファイア
2008/04/16 23:36
コチラを読んでおりませんでした。

明恵上人素敵ですね
ホント♪

実は私もお月様は大好きで
毎晩、夜空を眺める時間を作っております。
主人の帰りが遅いときは
チャンスとばかり
子供を早く寝かしつけ
夜空を眺めるスタンバイをします。
そして
お月様と一緒に一時間ほどベランダでコーヒーを飲んだり、ぼおっとしたり♪

なので
ブログにはまだUPしておりませんが
おつきさまネタの絵本
私の作品に多いです♪

そろそろ東京で展示します例の絵本
あれもお月様ネタでございますよ♪
モニカ
2008/04/23 14:05
そうでしたね、モニカさんお月様大好きでしたね。モニカさんの月の絵、これからも楽しみです。

それから展示会を見に行くのとても楽しみにしていますよ。26日からよね。

べランダでお月様を見ながらコーヒーとはおしゃれですね。私はそれはしたことがないです。ウチのベランダすわる椅子がないからね。立ったままです。

コメントスパムが入るので、保留設定になっています。ご迷惑をおかけしますが・・・よろしくお願いします。コメントありがとうございます。


サファイア
2008/04/23 18:10

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