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zoom RSS 聖武天皇と光明皇后の壮大な夢  「東大寺大仏―天平の至宝―」展 東京国立博物館

<<   作成日時 : 2010/10/19 08:03   >>

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青丹よし 奈良の都は 咲く花の にほふがごとく いまさかりなり その都にそびえ立つ東大寺の巨大な大仏と大仏殿。聖武天皇(701−756)は、なぜこんな大きな建造物を造ったのでしょう? 誰もが大仏さまに参拝するとき、不思議に思うはずです。今の大仏殿は江戸期に再建されたもの。創建当時の三分の二の間口です。

現在の建物もあんなに大きいのに、天平時代は想像もつかないほどの巨大建築物だったんですね! 聖武天皇は、どんな夢を巨像、大仏に託したのでしょうか? 

画像今年、2010年は、710年に元明天皇が
藤原京から平城京へ遷都して1300年目。 
また光明皇后が亡くなって1250年目の記念の年。 

以前からこの時代に興味があったので
少し本を読んでみました。そして東京国立博物館の
光明皇后1250年御遠忌記念、
「東大寺大仏―天平の至宝―」
展をのぞいてきました
天平時代の気分をちょっぴり味わえたような気が・・・・

奈良では平城遷都1300年祭が華やかだとか
太極殿や朱雀門、見に行きたいけど、遠いなぁ!
とても奈良へは行けそうにないので、 
近場の博物館でがまんすることに・・・・
でもやっぱり奈良へ行きたいのが本音(笑)

お好きでしたら喜多郎の「シルク・ロード」聞きながらお読みください (音量は小さくしてくださいね)


画像
(左)聖武天皇ー巨大な夢を生きる 中西進著 PHP選書 (右)彷徨の王権 聖武天皇 遠山美都男著 角川選書


本を読んでみてわかったことは、天平時代はとても活発な時代で、8世紀の幕開けと同時に、文明開化ともいえる新たな局面を行政・文化・宗教面で迎えたことです。

画像 中国大陸・朝鮮半島から多くの人とモノがやってきます
 西域からもシルク・ロードを通って 
 さらに唐からたくさん留学生が帰ってきます
 そのなか華厳経(けごんきょう)が伝えられます
 壬申の乱を知らない戦後世代が政治・文化の表舞台へ。

 重要文化財 伎楽面 酔胡従 (ぎがくめん すいこじゅう) 8世紀 東大寺蔵
 胡の人:ペルシャ人の面差しが・・ 


画像


そうした時代、東大寺は、聖武天皇と光明皇后が、幼くして亡くなった皇子の菩提を弔うために建てられました。 最初は若草山麓の「山房」だったそうです。その後大仏様で知られる盧舎那仏(るしゃなぶつ)が建立されました。 

奈良時代には、東西2つの七重塔(推定高さ約100メートル)を含む大伽藍でした! 「東大寺・大仏展」で展示されている復元模型には七重塔が! 焼失してしまったんですね! ああ、もったいない! 

画像
                       三年前に東大寺へ行ったおりに撮影。            
           大仏様は造立当時は金箔が貼られ、キンキンきらきら輝いていたそうです
                       現在目にする大仏は江戸時代のもの 
 
会場で驚いたのは、最新コンピュータ技術をつかった、バーチャルな、高さ約15メートルの大仏の姿を間近に体感できたこと。 東大寺は華厳宗(けごんしゅう)ですが、華厳経の説く壮麗な華厳宇宙がバーチャル映像で、正面の大スクリーンと天井に映し出されます。 また、天平時代の星空が再現され、とても美しく、良かったです!

たとえ解説書を読んでも、難解な華厳経は、私なんかにはわからないでしょう。 深遠な華厳宇宙のマルチ・ユニバース! 博物館のは初歩中の初歩の説明なんでしょうが、その宇宙観と超越世界のスケールの大きさに圧倒されました! それは少し、最先端の宇宙物理学が唱える宇宙の姿に似ていましたよ!

そしてみなさん、東大寺へ3Dバーチャル参拝できますよ! ←クリックしてください! すご〜〜いです。


画像東京国立博物館へは
東大寺所蔵の多くの国宝仏や至宝が
遠路はるばる出張されていました。
博物館の庭では萩が咲きこぼれ、
金木犀が咲き、いい香りがただよっていました 
芳しい香の中で仏様たちをお迎えできて
よかったなぁと思いました。


画像
          国宝 誕生釈迦仏立像及び灌仏盤 奈良時代・8世紀 奈良・東大寺蔵

画像
      重要文化財 地蔵菩薩立像 快慶 作 鎌倉時代・13世紀 実に気品高く美しいです

画像
                       国宝・八角燈籠 奈良時代 8世紀
本物の燈籠が東大寺からやってきました!これものすごく大きいです!広〜い東大寺ではそうは感じませんが・・

画像


画像 今回、聖武天皇と光明皇后の親筆が出展されていました
 聖武天皇のは、国宝 賢愚経 巻第十五。 「大聖武」と呼ばれる経。
 威風堂々たる字でしたよ! (親筆とするのに異論があるとも)

 光明皇后の書は、以前、正倉院展で
 「楽毅論 がっきろん」を拝見したことがあります 
 黒々した墨で筆力がみなぎる字体。 堂々と書かれていました
 
 署名は「藤三女」 つまり藤原家の三女という意味
 光明子は藤原不比等と橘美千代の間に生まれ、皇族以外で
 初めて皇后になりました。

 楽毅論  光明皇后 筆 国宝 皇后44歳の筆 8世紀

 今回の出品は、上の楽毅論ではなく、重要文化財の般若経など数点
 とても端整な細やかな字で丁寧に書かれていました!
 

光明皇后(701〜760)といえば、施薬院悲田院を設置した福祉事業家。 

私は小学校の頃、子供向けの「光明皇后」という伝記を読みました。子供向けですから、挿絵もたくさんついていましたよ。 

画像その伝記では、悲田院のお風呂場で汚らしいヨボヨボの
老人の背中を洗ってあげいる絵が載っていました
老人の背中はおできのようなものがいっぱいで
膿がたれているのです。カラーだったと思います 
 
「オエー」と顔をしかめました。 身分の高いきれいなお妃が
よくこんなことできるなぁ!というのが率直な感想でした
カラーですから、膿の部分がけっこうリアルでしたね
私にはとてもできない、と思ったものでした。
その老人は、今でいうハンセン病、つまり癩(らい)病に
かかっていました。 皇后は膿を口で吸い取っていました

すると、紫雲がたなびき、老人は黄金の光をはなち、消えました
老人は阿閦如来(あしゅくにょらい)だったのです

画 光明皇后 菊池契月(1879 - 1955) 

この話がどこまで真実なのか?伝説なのか?はわかりません
けれど、光明皇后が仏教に深く帰依していた人であり
権謀渦巻く宮廷のただ中にいながらも、仏教の説く「慈悲」を
彼女なりに一生懸命実践しようとしたことはまちがいないようです

というのも、光明子が皇后に立てられた(立后)その翌年(730 天平2)
に、病人に薬草を施す、施薬院を設置しているからです。
身寄りのない貧しい病人を療養させる、悲田院の設置もほぼ同時期と
考えられることから、彼女の救済事業への積極的な意志が伝わってきますね!


画像
  (左) 光明皇后 林睦朗著 吉川弘文館 (右) 奈良の都 その光と影 笹山晴生著 吉川弘文館


画像 聖武天皇の治世を特徴づける仏教に対する深い信仰 
 その信仰を支えた皇后、光明子の仏教への篤い帰依
 ふたりは701年生まれの同い年でした

 この時代は、一癖も二癖もあるキャラが総出演する一大絵巻を
 見ているようです。 美男美女がいて・・・怪しげな僧もいて・・

 聖武天皇夫妻にくわえ、唐招提寺の鑑真、怪僧、玄ム(げんぼう)
 吉備真備、行基、藤原不比等、藤原四兄弟、藤原広嗣、橘美千代
 橘諸兄、長屋王、藤原仲麻呂、そして夫妻の娘で女帝となった
 孝謙・称徳天皇、道鏡などなど。 本当に面白いです!

 光明皇后がモデルだという、十一面観世音菩薩立像
 奈良・法華寺 8世紀 (左)

 中西進氏の「聖武天皇」では、巨大な夢を生きた
 天平の英主としてのまったく新しい聖武像が魅力

 また遠山美都男氏の「彷徨の王権〜」では天皇とは
 いかにあるべきか?を探求してやまない聖武像が新鮮

林睦朗氏の「光明皇后」は、たんたんとした語り口で、皇后の叡智と仏への帰依によって数々の事業を成し遂げるものの、公私にわたって悲喜劇に見舞われる一女性を描いています。

聖武天皇と光明皇后は、仏法をもって良い国を築こうとする、とても高い理想と壮大な夢をもっていたような気がします。そしてふたりには、その理想を実現するだけの最高権力者としての財力と地位がありました。 かならずしもそれは成功はしませんでしたが・・・ 

    藤浪の 花はさかりに なりにけり 奈良の都を おもほすや君

華やかな奈良の都を想って詠った万葉集、大伴四綱の歌

こうした光あふれる外の面があると同時に、内実は、天災、飢餓、疾病、大事業に使役される人々の苦難、権力闘争、陰謀渦巻くドロドロの影の面が人々を苦しめました。 しかし、とてもエネルギーと活力に満ちた時代だったようですね。   

やっと涼しくなり、少し本を読んだこの頃です。 さいごに、光明皇后の歌を・・・いい歌ですね。

    我が背子と 二人見ませば いくばくか この降る雪の 嬉しからまし

(聖武天皇亡きあと、あなたと二人で見たとしたら、どれほどこの降る雪が嬉しく思えたことでしょうか)

上野からの帰り道、公園にケイトウがきれいに咲いていました。 秋の紅い装いでしょうか。

画像
 


関連記事 輝く正倉院宝物 皇室の名宝展 II 

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
参考

東京国立博物館 特別展「東大寺大仏―天平の至宝―」の詳細  ← クリックしてください。

大仏について 私たちが目にする現在の大仏は、江戸時代につくられたもの。 天平時代の大仏は源平争乱の中で焼失。 鎌倉時代に再建されたが、戦国時代に松永久秀らに焼かれました。 造立当初からのものは、台座の一部だけ。 残念ですね! 

光明皇后については ここ を

「東大寺・大仏」展ではフィギュアが販売されています。 せっかくなので記念に購入しました(笑) 可愛いです。 
フィギュアの詳細については ←太字をクリックしてください。

画像


 
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「東大寺大仏 天平の至宝」 東京国立博物館
東京国立博物館(台東区上野公園13-9) 「光明皇后1250年御遠忌記念 東大寺大仏 天平の至宝」 10/8-12/12 ...続きを見る
はろるど・わーど
2010/10/30 16:42
東大寺大仏―天平の至宝― / 東京国立博物館
光明皇后1250年御遠忌記念特別展 東大寺大仏―天平の至宝― 10/8―12/12 平成館 ...続きを見る
南風録ぶろぐ
2010/11/14 12:07

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コメント(27件)

内 容 ニックネーム/日時
昨日のNHKBSで「天平の甍」の映画やっていましたね。
聖武天皇と光明皇后がこの東大寺で鑑真和上に受戒を受けたということですが、はるばる唐から来た鑑真、大仏を立てた聖武天皇とその周りの人たち、この時代のエネルギーはすごいものがありますね。
大仏のCGみてみたいなぁ。
kazu
URL
2010/10/19 14:06
こんにちは。
私もこの展覧会行くことにしてます。チケット入手済み。またまた予備知識を仕入れてから、出かけられて、ラッキー。ありがとうございます。
先週奈良に出かけた同僚によると、どこもとっても混んでいたそうです。平城遷都1300年ですからね。
行く前に「光明皇后」を読めるかしら。。。
norako
2010/10/19 18:00
天平の星空  綺麗だったのでしょうね
タイムスリップして 見てみたいです…☆

時代のトップに立つ人の苦悩や願い。。
逆縁の哀しみを乗り越えて 彼らは 
優しく強靭な心の持ち主ですね きっと^^
 
平城京跡は 春草が萌えはじめたころが 好き。。
娘が小さかったとき あの原っぱでピクニックしてました^^

サファイアさん
リンク張って下さって ありがとうございます♪
このブログの気持玉って なんだか面白いですね^^*
吟遊詩人
URL
2010/10/19 18:08
kazuさん、こんばんは

kazuさんに教えてもらった光明皇后の和歌、さっそく載せましたよ!ありがとうございます。とてもいい歌ですね! ほろっとします。
そうそう、聖武天皇夫妻は鑑真から受戒を受けましたね。鑑真以外の僧からは受けたくないという感じだったそうです(史実)。 おっしゃるとおりです。巨大な大仏と大仏殿をあの当時、建てたのですものね。信じられないほどのエネルギーです!その上、何度も都をあちこち移したりして。文書によれば、最初は聖武天皇、使役という形ではなく、仏のために、自発的に民衆が協力するというのを望んでいたそうですが、それは理想論であって中々うまくいきませんよね。
本当に昔の人たち、エラ〜イと感動します。よくぞ完成させたと。
kazuさんは奈良に今年すでにいらしていいなぁ!羨ましい! 私、当分行けません。 コメントありがとうございます。  
☆サファイア
2010/10/19 20:10
norakoさん、こんばんは

林先生の「光明皇后」、わかりやすく読みやすいですよ!読んでみて、光明皇后はとても心の美しい方なんだと思いました。もちろん、信仰によるものでしょうけど、元々善良なんでしょうね。藤原氏から初の皇后ですので、これまで悪く言われることもあったようですが・・・聖武天皇と光明皇后、特に若い頃は、どちらも理想主義者で、ほほえましく思いました。しかし、現実が厳しいのは、昔も今も変わりませんね。 20代の頃、誰もがあんなふうに純粋なんじゃないかしら。展覧会、楽しんできてくださいね。 コメントありがとうございます。
☆サファイア
2010/10/19 20:22
吟遊詩人さん、こんばんは

天平の星空、きれいでした!当時は電気もないし、満天の星が降るようだったでしょう! 「優しく強靭な心の持ち主」! 本当にそうです。聖武天皇って、とても純粋な面がある方だったんですね。本を読んで初めて知りました。優柔不断で藤原氏のあやつり人形というふうに言われる場合もあるそうですが、帝王としてかなりしっかりした方のように感じました。有名な「彷徨」も逃げていたわけではないようです。 そして強靭、とくに光明皇后。 
吟遊詩人さんは奈良がお近くて羨ましいです。いつでも行けますよね!平城京跡の原っぱ、風情ありますね。うちもピクニックできたらなぁ! 学校があるし、当分奈良へは行けそうにありません。 リンク、こちらこそありがとうございました。
☆サファイア
2010/10/19 20:33
 み寺の甍(いらか)みどりにうるほひ
 廂々(ひさしひさし)に
 風鐸(ふうたく)のすがたしづかなれば
 ・・・・・・
奈良の伽藍が出てくると、かならず口をついてでる三好達治の詩「甃(いし)のうへ」です。

喜太郎の『シルク・ロード』聴きました。もちろん「音量を小さくして」です。
・・・古代の幽邃な足音。それは遙かな未来を目指す衣擦れのように。

菊池契月の「光明皇后」。天平の女性の面影を伝えていて、いいですね。
「遷都1300年の平城京」を彷彿させる素適な取り組みでした!!


minoc
2010/10/20 14:35
minoさん、ありがとうございます。

三好達治の詩、とてもステキですね!
「みどりにうるほひ」「風鐸(ふうたく)のすがたしづかなれば」この詩を読めば、ますます奈良へ行きたくなりました(笑) 遷都祭りで大変混んでいるようですね。春休みにでも行ければ・・・喜多郎の「シルク・ロード」はyoutubeで録音された方の音源の音が大きかったようですね。とてもいい曲で、これを聞くと、シルクロードをゆくキャラバンを思い浮かべます。東大寺には、そして正倉院にはシルクロードをはるばるやってきたさまざまな品があり、それらがかつて作られた国はすでに滅んでしまっていたりして・・・悠久の時の中で人の営みのはかなさを感じますね。 でもそれがいいのかも(笑)
コメントありがとうございます。
☆サファイア
2010/10/20 20:51
いつもよくお調べになって、素晴らしいブログですね。
ブログだけにしておくのは、もったいないように思います。一冊の本になると思います。
東大寺3Dバーチャルに入ってみました。すごいですね。今はパソコンからも、実際にそこにいるように、体験ができるのですね。感動しました。
でも、私は、ここでも迷子になって、「どこへ行けば・・・?」とあわてていました。(まったくね・・・)

サファイアさんのブログを読むと、教養が深まった感じになります。(#^.^#)
いつもありがとうございます。
momiji
2010/10/21 13:01
momijiさん、こんばんは

過分のお言葉でございます。ブログは趣味で書いているだけです(笑)
ですからヘンなことよく書いていますので、気がついたらぜひ教えてくださいね。私の専門は歴史ではありません。 専門のことは書かないことにしています(笑) ただ歴史はとても好きなんですよ。
調べるというより、好奇心が強いほうだと思います。いったいどうなっているのかな? と知りたくて知りたくてたまらない困ったタイプなんです。世界は広く、知らないことばかりです。皆さんから和歌、花々、本、写真、山、映画、絵画、旅の情報、語学など色々教えていただけるので嬉しいです。

momijiさんも東大寺のヴァーチャル参拝、迷われたんですね。私だけではなかったんだ!! 私も迷って大仏殿に中々たどり着けませんでした!
コメントありがとうございます。
☆サファイア
2010/10/21 21:19
聖武天皇と光明皇后の生きた時代は 政変あり〜の厄病が流行り〜のしていましたし 天皇といっても 傀儡だし面白くねえ〜 光明皇后も藤原一族の期待を一身に受けての民間初の押しかけ女房(皇后)・・・光明皇后の本心はわかりませんが 願うことは 天皇家と藤原家が共に栄えること 夫の聖武天皇に余計な関心事を持たせないように・・・「ねえねえ 大きな大仏造りましょう それでね 全国にひとつづつ国分寺も造りましょう 私も頑張るから・・・」なんて夫に仏教を薦めたりして・・・で光明子の頑張りの甲斐あって その後の藤原氏がどうなったかは・・わかりますね (あくまでも 私のフィクションですが・・)
ご存知かも知れませんが 帚木 蓬生に「国銅 上下」新潮文庫というのがあります 大仏を造らせた側ではなく 造った側の名も無き人々の物語です 参考までに 
なぎさの民俗学者
2010/10/22 15:19
NHKで この時代のドラマの再放送を やっているのを見て(題名は忘れました)この時代に興味がわいてきたところだったので この記事 興味深く読ませていただきました。

丸み
2010/10/22 16:31
なぎささん、こんばんは

聖武天皇夫妻についてそのような見方もできるでしょうね。歴史は事象の解釈ですから。私が読んだものは少しだけですが、中西・遠山先生ともわりと新しい研究成果を基に書いておられます(林先生の「光明皇后」は少し古い)

今回興味深かったのは、遠山説によれば、従来からある優柔不断で藤原氏のいいなりの聖武像に異議を唱え、たとえば、長屋王一家の惨事の黒幕は藤原氏とされてきましたが、聖武天皇自身の命令だとしていること。その理由を聖武天皇の母親の名称事件と彼の皇統コンプレックスから説明しています。また大仏建立は「光明皇后が勧めたから」は、中西説によれば、それもあっただろうが、影響をいちばん与えたのは、東大寺の良弁であったとしています。このあたり面白かったです。 また行基との関係などを読むと、聖武天皇って大きなスケールで発想されたんだな! とも思いました。

おっしゃるように、光明皇后は天皇家と藤原家が共に栄えることを願っていたことは間違いないですね。 ただ、それだけを考えて行動したとするのは、どうでしょうか? 光明皇后の仏教への帰依は、どの本でも認めているように、本物だったのではないでしょうか? また聖武天皇自身も「三宝の奴」とみずから称しているし、さまざまな詔を読むと、深い信仰があったと考えられますが・・・彼の理想は聖徳太子だったと・・

つづく
☆サファイア
2010/10/22 20:45
つづき

宗教的動機はこの時代、やはり見逃せない側面のように思えるのですが・・・もちろん仏への信仰をもたない貴顕の人たちも多かったでしょうが、二人は信仰が深かったと思うのですが・・・ただ、1200年前の宗教観を現代の私たちの価値基準で判断するのは、少し無理があるような気もします。
聖武天皇や光明皇后のイメージについては、古くは本居宣長、また梅原猛氏の解説、また里中満智子氏の漫画の影響もかなりあるように思います。さまざまな見方や説があって、それもまた面白いです。 

押しかけ女房にせよ、光明子はとてもきれいな方で体型も法華寺の菩薩のようであれば、聖武天皇、嬉しかったのでは? それに聖武天皇は皇后だけに操を立てていたわけでなく、他のお妃たちとも楽しんでいたのですから(笑)

帚木 蓬生に「国銅 上下」はまだ読んでいません。とても面白そうですね。ぜひ読んでみたいと思います。いつも良いご本を紹介くださってありがとうございます。それから佐々木譲さんの二冊、読みましたよ! 北海道の小さな町の風情が味があって、とてもよかったです。ありがとうございました。
☆サファイア
2010/10/22 20:46
丸みさん、こんばんは

そうそうやってましたね!行基さんや吉備真備さん、称徳天皇なんかが出ているドラマじゃないですか? 私、チラッと見ただけで、丸みさんと同じく、題名忘れてしまってます。 あの番組、全部見たかったです。

奈良時代の女性のファッションって、なんか長いスカートみたいなのを着ていて、楽しいですね。男性の髷の結い方も変わっているし。ネックレスやブレスレット、イアリングもつけていておしゃれだから好きなんです。 
コメントありがとうございます。



☆サファイア
2010/10/22 20:59
どうも、この時代は玄ムやら道鏡の蔭がちらついて……まあ、それは別として、日本の仏像の最盛期はこののちだと思いますが、草創期のおもしろさがあって良い時代ですね。混乱の平城京の時代にあって籐三娘(こっちの方が好きなので)は、一服の清涼剤です。いろいろと言われますが、いろんな矛盾したものを抱え込んで生きているのが人間で……結果から逆算して籐三娘を解釈すると悪口をいわれるのもしょうがないかなとは思いますが。ドラマは、「大仏開眼」ですね。亀の玄ムと高橋克典の仲麻呂がよかった。とくに、仲麻呂はかっこよかった。なぜ、仲麻呂を主人公にしなかったのか。あのドラマの最大の失敗は、主人公である吉岡秀隆の吉備真備だった(怒)!!! 最後に、きたろうのシルクロード、いつきいてもいいですね。あの音楽と石坂浩二のナレーションは、心地良い眠りに誘います。ああ、西域を放浪したい(笑)
紫雲
2010/10/24 15:17
紫雲さん、こんばんは

「大仏開眼」だったんですね!ドラマのタイトルは。ありがとうございます。私は吉備真備さんと称徳天皇が工事の件で話し合っているところぐらいしか見なかったので、ちゃんと見ればよかったと悔やまれます。 仲麻呂さん、カッコよかったとか。実際、仲麻呂は当時の大変なハンサムだったらしいですね(笑)

今回読んだ中西・遠山先生の本は聖武天皇の従来のイメージを一新するもので、大変驚きました。仲麻呂についても述べられていました。

聖武路線を継承する仲麻呂にたいし、橘奈良麻呂は、「大仏建立は民を疲弊させた」と聖武政治を批判しますね。 大仏建立を推進したのが、奈良麻呂の父の諸兄であることを考えれば、ヘンな批判ではありますが、奈良麻呂の言葉に、私たち現代人は、私も含めうなずき当然だと思いますよね。

このあたり、帝王である聖武天皇の夢を、どう捉えたらいいか? 民主主義?の社会に生きる私は戸惑ってしまいます。「帝王」についてはたして理解できるんだろうかって?  

後世の者から見れば、あの東大寺の大仏(再建されたものにせよ)や大仏殿を世界遺産として残してくれた面もありますね。なんか突拍子もないスケールの大きさを聖武天皇の夢に感じてしまいます。玄ムさんも当時の枠を大きくはみ出した僧だったみたいですね。暗殺されたらしいのであまり資料がないのが残念ですね。

「シルクロード」は名曲ですね。キャラバンが砂漠を行くのが見えそうな気がします。 コメントありがとうございます。
☆サファイア
2010/10/24 23:43
聖武天皇や東大寺は学校で習いましたが、学生の時はそんなには一生懸命に歴史について覚えようとしませんでした
歴史の事や何でもそうですが、この歳になってから色々と興味が出てきます
お恥ずかしいのですが 
東大寺は 聖武天皇と光明皇后が皇子の為に立てられたという事
全く知りませんでした。
中にある大きな大仏様も皇子の為なのですか?
東大寺へ3Dバーチャル参拝 見てきました
とってもビックリです!
360度まわれるので、初めはぐるぐると回り過ぎて 目もまわってしまいました
でも、とても感動です。
実際に東大寺に行ってみたくなりました。
そして素敵な観世音菩薩像 観音様を見ていると心が穏やかになりますね。
るんるん
2010/10/25 12:40
サファイアさん こんばんは。

記事を読ませていただいてると
壮大な奈良の都に想いを馳せてしまいますね。
今年の夏、所用で一週間ほど大阪へ行った折
奈良公園の前を車で通りかかりました。
知人は見慣れているという鹿くんたちがの〜んびり草を食んでいました^^
私は遭遇しなかったのですが、
時には普通に信号待ちをしていたり、(笑)
道路を横断することもあるようですね〜!

遷都祭までは足を運べなかったことが残念でしたが
再現されたという、大きな門(名前忘れましたー)もあり
いつかきっと自分の足で見て回りたいな〜と
想いだけを残して帰ってきました。

焼失は本当にもったいないと思います。
ピュア
URL
2010/10/25 19:35
るんるんさん、こんばんは

バーチャル参拝、目が回りますね。東大寺さん、サイトの作り方にちょっと問題があるんじゃないかしら(笑)私も目が回りました。

大仏様は、華厳経の教主である盧舎那仏(るしゃなぶつ)です。天平15年10月に発せられた聖武天皇の詔によると、「菩薩の大願を発してビルシャナ大仏を造顕し、世界の平和と万物の幸福(万民ではなく動植物の繁栄)を祈ろうと思う。このことは天下の富と力とをもってすればさしたる難事業ではないが、そこに万民の心が入るか入らぬかが大問題だと思う。だから国民全部がそれぞれ心中にビルシャナ仏を信仰し、毎日三礼し奉ってこの事業に参加協力してくれるよう・・」としていますので、聖武天皇の考えていたことは壮大なものでした。護国の意味合いも強かったのかな? なんせ私なんかの思考スケールではよくわかりません(笑)なぜあんな巨像になったは色々な説があるようです・・・

やはり東大寺などの奈良のお寺の仏様は実にすばらしいですね。私もるんるんさん同様、奈良に行きたくてしかたがありません。コメントありがとうございます。



☆サファイア
2010/10/26 17:45
ピュアさん、こんばんは

奈良公園の鹿を見るとやっぱり心和みますね。いっぱいいますよね!娘は鹿せんべいをやろうとして、大きな鹿に冷たい鼻を寄せられて「ギャー」とか叫んでいたことがあります。奈良の方は慣れていらっしゃるんでしょう!

再建された門は、きっと朱雀門のことではないでしょうか?
私も平城京跡へはずっと行っていないので、一度ぜひ訪ねたいと思っているのですが・・・遠いです!! おっしゃるように、日常を離れゆっくりぶらぶら回りたいものです。 コメントありがとうございます。 
☆サファイア
2010/10/26 17:51
サファイアさん、おはようございます。
今年の1月にいとこの結婚式で京都、奈良を訪れた時、バスの窓から平城京の朱雀門がとてもきれいに見えました。今年は平城京遷都1300年の記念イベントも盛大に行われていてぜひ行きたかったのですが・・残念! 東大寺3Dバーチャル楽しもうとしたら操作がへたでグルグル目がまわってしまいました〜(笑)
MOKO
2010/10/30 10:43
サファイアさんこんにちは。星空の映像もなかなか素敵でしたね。当時の空の星図を再現しているなんて凝ってます。

私も飛鳥から天平あたりの古代史が大好きです。ここ数年の東博の阿修羅や薬師寺展で当時のロマンに思いを馳せることが出来ました。
はろるど
URL
2010/10/30 16:44
MOKOさん、こんばんは

そうでしたね! 奈良で結婚式参列なさっていましたね。バスの窓からでも朱雀門が見えて本当によかったです。前に行った折は平城宮跡行かなかったので、一度見てみたいなぁ!  

東大寺のサイト、目が回りますよね。あまり上手に作られていないみたい(笑)
載せないほうがいいかな?
それからMOKOさんのほうの質問に答えるのを忘れていて・・・
Manor house は映画やDVDに出てくるダーシーさんやキャスリン夫人の館は行ったことがありません。Oxfordの近くで公開されているmanor houseを一つ見たことがあるだけです。一度見学したいですね!! コメントありがとうございます。 

☆サファイア
2010/10/31 18:57
はろるどさん、こんばんは

星空、良かったですね! 私、よくわからなかったのですが、8世紀と21世紀では星空の様子、かなり違うのでしょうか。 星図が異なるのはわかるのですが・・・
阿修羅展は見に行きましたが、薬師寺展は見逃してしまいました。残念。今回、思ったのですが、博物館で見たほうが、お寺で見るより、よくわかりますね。またふだんお寺で見られないものが展示されていて、とてもいいですね。古代史は私も大好きです。 コメント&TB、ありがとうございます。
☆サファイア
2010/10/31 19:04
☆サファイアさん、こんばんは。

東大寺展には滅茶苦茶行きたかったのですが、都合がつかず残念な思いをしていましたが、ブログを拝見して、その雰囲気が味わえてものすごく嬉しかったです。
しかし博識ですねえ、カッコいいです。
また拝見させてください。
kemochime
2010/11/28 01:43
kemochimeさん、おはようございます。

東大寺展は12月12日(日)までやっているようなので、お時間があればぜひ。あそこは月曜が休館日です。いえいえ、私は知らないことが多すぎるので、この展覧会を機に奈良時代関係の本をちょっとだけ読んでみただけなんですよ。聖武天皇や光明皇后だけでなく、歴史上の人物や事件については、研究者によって色々解釈や見方があり興味深いです。また発掘したり、お蔵から何かが見つかると、その新発見により従来の説が塗り替えられますね。
「秘密」を読了したら、ご紹介されていた「殺人の門」を読もうと思っています。楽しみです! コメントありがとうございます。


☆サファイア
2010/11/28 09:20
聖武天皇と光明皇后の壮大な夢  「東大寺大仏―天平の至宝―」展 東京国立博物館 時空を超えて/BIGLOBEウェブリブログ
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