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zoom RSS 御茶ノ水 ニコライ堂を見学 日本最大のビザンチン様式建築 

<<   作成日時 : 2010/09/28 18:47   >>

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画像隣り住む 南蛮寺(なんばんでら)の 
鐘の音(ね)に 涙のおつる 
春の夕暮れ
 

与謝野晶子( 1878 - 1942)が神田駿河台にある
ニコライ堂を詠んだ歌です。晶子・鉄幹夫妻は
ニコライ堂の近くに住んでいました。
「南蛮寺」 なるほど! 

ニコライ堂は日本ハリスト正教会の寺院です 
よく前をよく通りますが、中へ入ったことは
ありませんでした。ニコライ堂の内部は見学できます
待ち時間があったのでちょっと寄ってきました 

拝観料 300円 ニコライ堂は国の重要文化財です
*「ハリスト」とは「キリスト」の正教会での呼び名


母は短歌が好きで、与謝野晶子の歌など、たくさんの歌を教えてくれました。関西在住なので、「南蛮寺」がニコライ堂だと知らないのではないでしょうか? 今度写真を見せてあげようと思います。 ニコライ堂は夏目漱石の「それから」にも登場するそうです。 昔、読んだけど、もう忘れてしまい、どの章かわかりませ〜ん(笑)

よろしければパッヘルベルのカノンを聴きながらお読みください



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門の上には正教会の八端(はったん)十字の十字架が・・・別名はロシアン・クロス

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画像ニコライ堂の正式名は、「東京復活大聖堂」。 
1884年(明治17年)から 1891年(明治24年)、
幕末に来日したニコライ大主教(当時は修道司祭)によって
建てられました。 7年の歳月をかけ
建築家ミハイル・シチュールポフ氏、
およびジョサイア・コンドル博士が実施設計を担当しました。
日本最大のビザンチン様式建築物。コンドルは明治の
名建築をそれはたくさん設計していますね!

ニコライ堂の名称は、ロシアから来日した
このニコライ大主教に由来しています。 
彼は日本ハリスト正教会を樹立しました。

ニコライ・カサートキン( 1836年〜1912年) (聖ニコライ)→

現在の日本正教会を、ロシア正教会とかギリシャ正教会と
呼ぶのは妥当でなく、日本正教会が正しい呼び方だそうです。
ちなみに、他の正教会と教えや礼拝の様式は同じです。



玄関にはフレスコ画が 「太初に言あり」

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キリスト教は大きく分けて、カトリック( Catholic)、正教会( Orthodox Church)、そして新教( Protestant )があります。 正教会についてはほとんど知らなかったので興味深かったです

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                   聖堂内部 画像は日本正教会HPよりお借りしています

1861年に来日したニコライ司祭(当時)は、このニコライ堂をはじめとする聖堂を日本各地に建てました。 日露戦争が始まっても日本に留まり、1912年、75歳で永眠

画像教会の内部は撮影禁止
円天井を彩る透明な青いステンドガラスがとても美しいです
また教会の中に掲げられた数多くのイコン像など・・・・

学生時代、選択クラスで「惑星ソラリス」で有名な
ソ連のタルコフスキー監督の映画「アンドレイ・ルブリョフ」を
見たことがあります アンドレイ・ルブリョフ
15世紀のロシアの修道士で聖像画家(イコン画家)
とてもいい映画でした!それ以来、イコンが気になって
いたのですが・・・・聖堂には多くのイコン(イコノタス)
がありました。下はアンドレイ・ルブリョフ制作のイコン

至聖三者(正教会における三位一体

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 聖堂に隣接する玉ねぎ屋根の脇礼拝堂の祭壇の写真は
 撮影可なので載せておきますね 聖母子とハリストのイコン

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                            脇礼拝堂
 
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1891年に竣工したニコライ堂は関東大震災で大きな被害を受けます。一部構成の変更と大がかりな修復を経て現在に至っています。 1962年に国の重文に指定されました。

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画像 左の建物は、敷地内にある旧ニコライ学院。
 ニコライが1872年、この地に開設しました。 
 「ニコライ学院」は、ロシア語を学べる学校として多くの著名人が
 通ったそうですが、1996年に閉校しました。

 このニコライ学院で一時教鞭をとっていたのが、「日本のシンドラー」
 として知られる杉原千畝(すぎはらちうね)です。
 彼は正教徒でした。  

 第二次大戦時、千畝はリトアニア領事館領事代理。
 ナチス政権下のドイツによる迫害を受けていた
 約6,000人にのぼるユダヤ人に、外務省の命令に
 逆らって、「命のビザ」を発行して救いました。
 個人としてユダヤ人を救った数は、シンドラーより
 はるかに多かったそうです。

 

1985年、イスラエル政府より、多くのユダヤ人の命を救出した功績で日本人では初で唯一の「諸国民の中の正義の人」として「ヤド・バシェム賞」を受賞しました。エルサレムの丘には彼の碑が立っており、またリトアニア政府は首都の大通りの一つを「スギハラ通り」と名付けました。こんなすばらしい真の勇気ある日本人がいたことが、嬉しいですね!

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                          杉原千畝(1900 - 1986)

「私のしたことは外交官としては間違っていたかもしれないが、人間としては当然のこと。私には彼らを見殺しにすることはできなかった 」 杉原千畝 

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旧ニコライ学院の前にはきれいなピンクの芙蓉の花が咲いていました。またオオケタデ(大毛蓼)でしょうか? 紅の房がたわわに垂れ下がっていました。 もうすぐ本格的な秋ですね!

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                          日大側より望む

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おまけ

ニコライ堂は、東京都千代田区神田駿河台4-1-3にあります。 最寄の駅はJR御茶ノ水駅がいちばん近いです。

見学は月曜日・祭日を除く 午後1時〜3時半(10月〜3月)、午後1時〜4時 (4月〜9月) となっています。

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                      御茶ノ水駅と聖橋(ひじりばし)を望む

神田川の土手の斜面には木々が生い茂り、緑したたるこのあたりの風景が大好きです。そして神田川には昔は蛍がいたそうですよ。小林清親がちょうどこの付近を描いています。 

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                         小林清親 『御茶水蛍』 

また御茶ノ水近辺はカルチェラタンとして知られる学生街です。 東京医科歯科大、順天堂大、日大、明治大、中央大、駿台予備校、文化学院、アテネフランセ などが林立し、学生であふれかえっています。 明治大学は近年、明治大学記念館講堂などを取り壊し、立派な校舎を建てました。 つい最近まで立て看がぎっしり並んでいた、と記憶していますが、モダンな校舎建設で風景が一変しましたね。 なんだか、あの立て看の風景がなつかしい!味のある昔の講堂が消えて、ちょっと寂しいなぁ! 

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                            明治大学 リバティタワー

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                             東京医科歯科大

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         中央大学 駿河台記念館の「護法の像」 マントを着たアリさんが槍をもっています!

また楽器屋さんが連なる楽器街もニコライ堂からすぐそこです。坂を下れば神田の古書の街。 どこも学生たちでいっぱい。 時の流れとともに、風景は移り変わりますが、行き交う学生の年代はいつも同じ。 私は学生さんがたくさんいるところが好きです。 というのも、実家は学生街のすぐ近くで、大勢の学生がいましたから。 御茶ノ水の学生街を歩くと、いつも心が落ち着きます。

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                   大久保彦左衛門はこんなところに住んでいたんですね!

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ニコライ堂に近い坂。 ちょっとした坂にも名前がついているのが面白いですね!駿河台には、男坂・女坂という名の坂もあります。



学生街の喫茶店 (ガロ)




ニコライ堂の鐘の音 (川村かおりさんを弔う)は太字をクリックすると聞けます

ニコライの鐘」 歌謡曲をお聞きになりたい方は 太字をクリックしてください



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コメント(25件)

内 容 ニックネーム/日時
サファイアさんの文章の流麗さ あたたかさに
心地よく たゆたっていました。。*^v^*
いつもながら 日記の構成も素晴らしいですね♪

東京は 広い 広くて ふところが豊かだなぁ
ニコライ堂 いつか訪ねてみたくなりました

カノン 大好きです♪ この前 ご紹介いただいた
シャネルとストラヴィンスキー 観てきました♪
お勧めがなかったら 見逃していたところです
ありがとうございました…☆

下記事の酔芙蓉 ほんま綺麗
お庭にあると いつも逢えて いいですねぇ^^*
吟遊詩人
URL
2010/09/29 08:42
この建物、たしか、ベルツが対露感情の悪化につながったと書いていたニコライ堂ですよね。とすれば、設計はコンドル。杉原が教鞭を執っていたのは初耳でしたが、日露戦争、コンドル、杉原と、なにやら、外国に因縁深い建物ですねえ。
小林清親の絵、何か、江戸のころを懐かしむ風情があるというのは読み込みすぎでしょうか。
そういえば、小林静観が絵の師匠は、コンドルも学んだ河鍋(?)だったような。
 天高し縁(えにし)は回るニコライ堂  (苦笑)
紫雲
URL
2010/09/29 10:06
昭和の頃 ニコライ堂の近くの学校にかよっていました。まだ 高い建物が無い時代で(地下鉄は千代田線が開通したばっかりのころ)聖橋から ニコライ堂がきれいに見えていました。 
ニコライ堂の庭にテニスコートやベンチがあって 晴れた日には お弁当をベンチで食べていました。なつかしいなぁ。
ニコライ堂さんは 大金持ちで 日大の土地とか ニコライ堂さんが大家で 毎年 すごいお家賃をはらっているっていう話を日本大学の同窓生が言っていました。
丸み
2010/09/29 11:52
吟遊詩人さん、ありがとうございます
ブログなので気楽に書いています。そのため色々ヘンな箇所があると思います。また気がついたら教えてくださいね。
カノンがお好きでよかったです。私もこの曲は大好きなんですよ。
シャネルとストラヴィンスキー、ご覧になったんですね! あの別荘、すごかったでしょ? 三本のうち、一番芸術的に作られていたんじゃないでしょうか。私はシャネル5番についてもう少し詳しく香水工房とかの映像を見たかったのですが(笑)
酔芙蓉は毎年夏に刈り込んでいました。すごく大きくなりすぎるので。今年は刈り込みを忘れたらたくさん花が咲きました。コメントありがとうございます。
☆サファイア
2010/09/29 19:39
紫雲さん、こんばんは
ベルツ博士、そんなこと書いていたのですね!知らなかったです。日露戦争の時は、敵国にニコライはいたわけですから、スパイだと思われたりしたんでしょうね。
小林清親の絵はステキですよね。おっしゃるように江戸の風情を残していて。彼は維新の時はすでに20歳ぐらいだったから、江戸時代の情緒を多分にもっていたのかな? 清親は日清・日露の戦争の折の戦争画も多く描いていますね。 私、日清戦争の彼の絵(それはたくさん)を見て、驚きました!先生は河鍋暁斎です。コンドルも暁斎のお弟子さん、だったんですね! 知らなかった! 明治の皆さん、才能がありすぎです!
そして紫雲さんも俳句、お上手! 即興でニコライ堂の俳句、出てくるんですね! 「縁は回る」カッコいいですね! コメントありがとうございます。
☆サファイア
2010/09/29 20:01
丸みさん、こんばんは
そうだったんですか! 丸みさんになつがしがってもらって光栄です。この記事を描いた甲斐がありました。そうであれば、もっと大学の写真を色々撮って載せればよかったなぁ! 昔と比べて明治にせよ、東京医科歯科にせよ、きれいにモダンになっているでしょ?近年、どんどんどの学校も新築工事していましたから。 
ニコライ堂の庭で現在は、お弁当食べている人、いないみたい(笑)丸みさんはいい時代に学生生活を送られましたね!そうか、大地主なんですね、ニコライ堂さんは! 知らなかった(笑)是非、機会があれば、センチメンタル・ジャーニーにいらしてくださいね! 風景は変わっていると思いますが、学生街の雰囲気はそのままだと思いますよ! コメントありがとうございます。 
☆サファイア
2010/09/29 20:10
ニコライ堂 立派な綺麗な教会ですね。
建物の作りが、今までに見た事のある教会と違います。
正教会という事だからですか?
教会の中が凄く気になります!
青いステンドガラス何が描かれているのでしょうか?
是非見て見たいです。

この曲は「カノン」というんですか?
名前も知らないでいたのですが、とても思い出のある曲なんです!
この曲を聴いてビックリしました。
中学生の頃 音楽の授業で笛を披露する試験があったのですが、この曲「カノン」吹きました。
本を見ないで間違えなく 全て良いという事で、先生にほめられた思い出があります
吹いた時の事、まだ憶えています。
でも、曲名は忘れていました
るんるん
2010/09/29 20:49
るんるんさん、こんばんは
正教会は元々東地中海地方を主な基盤とし、東ローマ帝国(首都:コンスタンティノープル、現イスタンブール)の国教として発展してきた経緯があります。東ローマ帝国は、ローマ帝国が東西に分裂したときの東の片割れですね。東ローマ帝国では、ローマ帝国が有していた高度な建築技術をフルに取り入れて初期キリスト教寺院の建設をしました。イタリアのローマなどでは、ローマ帝国時代の古代の見事なドームを見ることができます。例えば、パンテオンは初代皇帝アウグストゥスの時代に建設され(紀元前25年)、その円いドームは本当にすばらしいです。パンテオンのドームは紀元前ですから、もちろんイエスの誕生前に建設されたものですが、その形状と技術を見れば、東ローマ帝国でずっと後の紀元360年に建設されたハギア・ソフィア(別名:アヤソフィア・聖ソフィア寺院 イスタンブールにあります)のすばらしいドームなどが、ローマ帝国の高度なドーム建造技術を受け継いでいることがわかります。正教会はロシアに進出し、ドームはロシア独特の形へ発展したものもあります(いわゆる玉ねぎ型)。
一方西ローマ帝国の支配地域にあったフランスやドイツ(一部)などでは、
西ローマ帝国滅亡(476年)後、色々ありましたが、ローマを本山とするカトリックの国々として変遷し、発展していきます。その中でゴシック建築やバロック建築などが生まれます。フランスのサン・ドニやドイツのケルン大聖堂などは、ゴシックの粋ですね! ゴシックの伝播は東のほうはせいぜいバルカン半島までです。つまり東ローマ帝国の支配地域だったところ(正教を信じている地域)へはあまり影響しませんでした。
☆サファイア
2010/09/29 23:17
るんるんさん、つづきです

青いステンドガラスには特に何も描かれていません。形状とデザインが美しい青いガラスが円天井にいくつもはめ込まれていました。もちろん聖書の場面が描かれたステンドガラスもありました! 

カノンに思い出がおありになるんですね! いい曲ですよね!
この曲は超有名なパッヘルベルのカノンです。パッヘルベルは17世紀のドイツのバロック期の作曲家です。オルガンの曲などいい曲が多いですね!

ビザンチン建築は詳しくないので、いい加減な回答になってしまいました。
東ローマ帝国のことを別名ビザンチン帝国と呼びます。
ステキな教会としてイメージされるものは、ゴシック建築のものが多いですよね。日本は正教会が支配的な東欧やロシアより、どうしてもフランスやドイツ、イギリスのもののほうに親しんでいるからかもしれませんね。私も今回、見学して勉強になりました。コメントありがとうございます。
☆サファイア
2010/09/29 23:19
ニコライ堂は、堂々と風格を持って建っていますね。
私はクリスチャンではありませんが、このような教会を見るのは好きです。
なぜか、心が落ち着いて、自然に頭が下がります。
杉原千畝さんは、日本人としての誇りですね。

小林清親 『御茶水蛍』 この絵は見た事がありません。素晴らしい絵ですね。

お茶ノ水や神田は、やはり学生時代には度々訪れましたが、最近は殆ど行きません。
街もどんどん変化していますよね。でも、変わらない所もありますね。
学生街と言う言葉を聞くと「学生街の喫茶店」と言う歌を思い出します。

クラシックでなくて・・・(*^_^*)
もちろん、カノンは好きな曲です。
曲がブログの内容とピッタリで、素晴らしいですね。
momiji
2010/09/30 08:57
サファイアさん、お早うございます。
あいかわらず、写真と文章の構成がすてきで、楽しく拝見しました。
ニコライ堂には何度かスケッチに出かけました。カテドラルの白亜の壁とグリーンの屋根の建物が絵になりました。お昼どきになると、ドームの鐘の音が駿河台の空に流れます。

エピソードひとつ。
東京大空襲の夜、聖堂から合図のように不思議な光彩が上がるのを何人かのひとが目撃していました。焼夷弾は聖堂の周りを避けるように落とされたため、戦災に会わずに残ったといいます。

杉原千畝さんがニコライ学院で教鞭を執っておられた話ははじめて知りました。多くのユダヤ人の命を救ったのも、博愛の精神からだったのでしょうか。

minoc
2010/09/30 09:47
momijiさん、こんばんは

杉原千畝さんには感動しますね!実は知り合いにユダヤ系アメリカ人がいます。ユダヤ系の人たちは「命のビザ」の件を知っているそうです。そして彼の存在ゆえに日本へ好意をもっています。「尊敬する」って!杉原さんはあのように言っているけど、実は外交官として本当の意味で立派だったのではないでしょうか。「学生街の喫茶店」、お好きなんですね!いい歌ですよね。youtube
へのリンクを貼りましたので、聞いてくださいね! 御茶ノ水に思い出がおありになって、この記事を書いた甲斐がありました! コメントありがとうございます。
☆サファイア
2010/09/30 17:36
minoさん、ありがとうございます。

ニコライ堂、スケッチなさっていたのですね!WOW! 機会がございましたら、ぜひ絵をアップしてくださいね! 「白亜と緑」が本当にきれいです。鐘の音を聞きながらスケッチとはすばらしいです!

ああ、そうだったんですか! 焼夷弾が避けるように落ちて残ったんですね!初めて知りました! 杉原さんの行動は、おっしゃるように、博愛精神と信仰からのものなんでしょうね。「私に頼ってくる人々を見捨てるわけにはいかない。でなければ私は神に背く」という言葉が残されています。
コメントありがとうございます。 
☆サファイア
2010/09/30 17:44
サファイアさん、ちょっと追加。
ベルツの件――ニコライ堂の高さの問題で、皇居を見下ろすんじゃないかと。それに世論がカチンときたというわけです。河鍋の「放屁合戦絵巻」、見たことがありますか?変な人ですね。
紫雲
2010/10/01 16:08
紫雲さん、ありがとうございます。

「皇居を見下ろす」のは不敬だと・・・そうだったんですね。今はニコライ堂、背の高いビル群に囲まれて見下ろされています(笑) 「放屁合戦」は見たことがありません。今度ぜひ見てみたいです! 面白そう! ご丁寧にありがとうございます。
☆サファイア
2010/10/01 20:50
こんにちは。
またまたやられた!と思いました。ニコライ堂って、見学できるのですね。ニコライ堂は都内なので、行きやすいです。紹介してくださって、ありがとうございます。
杉原千畝さんのことは、随分前にドラマで知りました。確か加藤剛が演じていたように記憶していますが。正教徒だったことも教鞭を取られておられたことも知りませんでした。
今回も楽しませてもらいました。
norako
2010/10/04 17:04
norakoさん、こんばんは

ニコライ堂、ふつう見学しようなんて思いませんよね! 実は娘が東京医科歯科で矯正やっていて、待ち時間があったから(笑)私も10年以上あの前をしょっちゅう通っていたのに、「見学」の「け」の字も考えたことありませんでした。何でも見学してみるものですねぇ(笑)このあたりはよく知っているつもりだったんですが、ニコライ堂を見学して知らないことばかりでした(笑)ご存知ですか?駿河台には色々な可愛い坂があってそれを訪ねるのもけっこう面白いですよ。 norakoさんの熊野行き!ヨダレをたらしながら拝見しました!
伊勢は何度も行ったことがありますが、熊野三山は行ったことがなく、ずっと行きたいと思っていて・・・楽しい記事でした。ご紹介ありがとうございます。来年ぐらい行けたらいいなぁ! コメントありがとうございます。
☆サファイア
2010/10/04 17:57
伊勢は何度も行かれたことがあるのですか?羨ましい。
坂巡りなんて考えたこともなかったです。面白そうですね。
ニコライ堂は興味があったのですが、見学できるなら、ぜひ行ってみたいです。
norako
2010/10/04 18:49
norakoさん
神田駿河台いらっしゃるなら、山の上ホテルで食事かお茶がいいですよ。老舗だし、norakoさん、気に入ると思います。神保町まで足を伸ばせば、岩波ホールでその辺の映画館では見られない名作をやっています。明大のリバティータワーの前に「カザルスホール」があり、室内音楽の演奏会を定期的にやってます。聖橋の反対側だと湯島天神、湯島聖堂、「昌平黌」(しょうへいこう)とかあり、散歩コースにいいのではないでしょうか? 坂については説明するのがむずかしいのですが、ネットで神田駿河台・坂でわかるのではないでしょうか。私は関西出身だから、お伊勢さんは、関西人なら複数回お参りしている場合が多いのですよ。箱根や日光と同じです。だいたい小学校の修学旅行で誰もが行きます。 またいらしたらお話お聞かせください。
☆サファイア
2010/10/04 20:35
サファイアさん、こんにちは。
ニコライ堂、何度となく見ているのですが行ったことがありません。一年に数回、仕事で飯田橋まで行く機会があるので、その時にでも寄ってみようかな?御茶ノ水のヒル・トップホテル<山の上ホテル)東京で働いている頃、たまに行きました。バーやレストラン、懐かしいな。
P.S ↑の十字架を見たらBritish Hillsにあった”ケルトの十字架”を思い出しました。
MOKO
URL
2010/10/06 13:52
MOKOさん、こんばんは

やはりMOKOさんもですか(笑)ニコライ堂、あれはあそこにデンと立っているもので見学しようとは中々思いませんよね。飯田橋へよく行かれるんですね。近いからもし機会があれば、ぜひ。私、飯田橋のモールのお寿司屋さんで時たまランチします。MOKOさんも御茶ノ水に思い出があって(あると思ってたけど笑)よかったです。山の上ホテル、昔ぽっくて(ちょっと改装したけど)雰囲気いいですよね。懐かしがってもらって嬉しいです!British Hillsにはケルト十字架があるんですね! あそこ一度娘を行かせたいと思ってるんですが・・・本当にいい体験をなさいましたね! コメントありがとうございます。
☆サファイア
2010/10/06 22:19
ニコライ堂
最近は、月に1度くらいは通ります。
大昔は、毎日通ってましたけど
中は入ったことありません。
ステキですね♪

御茶ノ水は青春の懐かしい町でもあり、
いまでも好きな街です♪
マニアックなLPレコードやさんもずいぶん覗いたっけ、、、。
花帆
2010/10/12 09:04
花帆さん、こんばんは

本当にそうですね、前を通っても中へ入りませんよね。そんなことふつう考えないのが、また不思議です。花帆さんにも懐かしい街でよかったです。 このあたりは私も思い出がいっぱいです。雰囲気いいですよね。私も大好きなんですよ。
☆サファイア
2010/10/12 18:04
随分前の記事にコメントさせていただいてすみません。
すっごく感動してしまったので!
今日ちょうど御茶ノ水あたりのことを書いた記事をアップしました。(気持ち玉ありがとうございました♪)
そして、引かれるように☆サファイアさんのブログを開いたら、こちらの記事が目にふれて・・・
なんと素晴らしい御茶ノ水の絵が載っているではありませんか!?
感激でした。。。とても素敵な絵・・・初めて見ました。

そして、ニコライ堂は行った事がありませんでしたが、なんと雰囲気のある教会なんでしょう。驚きました!音楽がまた素晴らしく合いますね♪
素敵なひと時になりました。ありがとうございました。
桜子
2010/11/16 23:43
桜子さん、おはようございます

御茶ノ水は好きな街なんですよ。この付近で仕事もしていましたし。
ところが、ニコライ堂の中を見学したのは初めてだったんです(笑)もし機会があれば桜子さんもぜひ。拝観の曜日と時間はニコライ堂のHPでお確かめくださいね。私が行った折は開いておりましたが。湯島天神などと組み合わせていらっしゃるといいかもしれません。

もうすぐ出かけますので、あとで記事をゆっくり拝見しますね。楽しみ!!
コメントありがとうございます。
☆サファイア
2010/11/17 07:43
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