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世界遺産 高山寺 紅葉で名高い高尾山神護寺のさらに奥、栂尾(とがのお)に、寺院というより草庵のような小さな山寺は、ひっそりたたずんでいます。 774年(奈良時代)、光仁天皇が創建、鎌倉時代に明恵上人が華厳宗の寺として再興。 実質的な開基は、明恵上人です。 江戸時代に華厳・真言兼宗をやめて、真言宗に転じました。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ここに来れたことに感謝し、参道を踏みしめながら上ります。 前回高山寺に来たのは中学二年の夏休み。明恵上人のファンであった親友のお母様に連れられて。 濃い緑したたるうっそうとした森に蝉しぐれがこだまするなか、中二の女の子たちは立ち並ぶ杉の巨木をただキョトンと見上げるばかりでした。 ああ、見えてきました、石水院の門が。 国宝 石水院 鎌倉時代 高山寺の伽藍(がらん)は、大門や金堂、三重の塔のほかに、多くのお堂がありましたが、ことごとく焼失して、鎌倉時代の建物は、かつて経蔵と呼ばれていた石水院のみになります。かつてここに、明恵上人も住まわれたことがあるとか。 現在の石水院は1888年に移築されたものです。 高山寺といえば「鳥獣人物戯画」。 擬人化されたカエルやウサギ、サルなどの動物を生きいき描いたあの絵を、誰もが思い浮かべることでしょう(クリックすると大きな鮮明な画像になる)。 鳥獣戯画は漫画のルーツになったとも言われています。 国宝 「鳥獣人物戯画」 甲巻 平安時代 カエルがウサギを投げ飛ばしていますね。カエルの勝利の雄たけびが聞こえてきそう。 ウサギ組とカエル組で弓の腕くらべ どっちが勝つかな?→石水院で鳥獣戯画のレプリカを拝見します(笑)。実物は保管のことを考えられたのでしょう、東京と京都の国立博物館にあります。 やはり本物を見られないのは残念ですね。 秋の紅葉はとても美しいとか。前回訪れたのは夏。ですからここで紅葉を見たことはありません。 一度はここで紅葉を眺めたいなぁ!混んでいるだろうけど。 この仔犬像を見たかったんです。ガラスのケースに入っていなかったら、だっこしていたでしょうね。 ここに明恵上人の明恵上人樹上坐禅像(国宝)がかかっています。 リスや小鳥が明恵さんの頭上で遊んでいます。ただですね・・・セキュリティーがないところを見ると、これ、複製?国宝の本物は博物館に眠っているのでしょうね。まあ、それはどうでもいいけど。 松林の中の樹の上で座禅を組む明恵上人。まるで松林の一部になったように自然に没入され、溶けこんでいます。 高山寺の深い瞑想の森でいつも座禅されたそうです。 森は昼なお暗く、静まりかえっています。私たち以外に誰も森を歩いていません。 明恵上人は自然のなかのすべてのものに仏性を見ておられたと伝えられます。動物や昆虫、木々などの生きとし生けるものばかりでなく、石や岩や島にも。 思い出のある「島」に手紙を書かれたこともあります。島の人にではなく、島じたいに。楽しい無邪気な方です。 気概に満ち、強靭(きょうじん)な精神の明恵上人 高山寺はいま、深い森の静けさのなかにありますが、承久(じょうきゅう)の乱の折、騒然とします。←クリックすると説明へ 後鳥羽上皇は1221年、鎌倉の北条氏追討の宣旨(せんじ)を発し、承久の乱に突入しますが、あっけなく敗れ、上皇側の敗れた兵たちが高山寺の寺域へ逃げ込んできます。 幕府方の敗残兵を捜索する手が伸びます。さんざん山を荒らした末、指揮官の安達景盛は明恵上人を捕らえ、六波羅へ引っ立てます。 明恵上人は、「負けた側の兵たちを引き渡すわけにはいかぬ。かくまうことこそ慈悲である。鷹に追われた小鳥や猟師から逃げたけだものは、みなこの殺生禁断の高山寺に隠れて命をつないでいる。 いわんや人間が、なんとか敵の手を逃れ、木の下、岩の間に隠れているのを、自分が罪になるからといって見捨てることができようか。もし私の行為が政道のじゃまになるなら、即刻私の首をはねよ」 と言い放ち、平然としていたそうです。 開山堂 明恵上人は武家の出ですが、まさに真のサムライ、そして本物の釈尊の弟子でした。「なんてステキなの!」って明恵ファンの私は思います。 「阿留辺幾夜宇和=あるべき様は」の石碑 あるべきようは この想いは、六波羅にいた敵方の総大将、北条泰時(ほうじょうやすとき)も同じだったようです。 泰時は大いに恐縮し、狼藉(ろうぜき)を働いたばかりでなく、上人を捕らえたことを詫び、お話をお聞きしたいと、懇願します。 長くなりますので詳しく述べるのはひかえますが、その後、泰時と明恵上人のあいだには強い信頼関係・師弟関係のようなものが生まれます。 その後、第三代執権となった泰時は、明恵上人の教えに感化を受け、その影響下で貞永式目(じょうえいしきもく)を制定するにいたります。 貞永式目はそれから約600年にわたって、日本の法の基本として、大きな影響力をおよぼすのです。 泰時は鎌倉に帰り、明恵上人に丹波にある荘園を贈ろうとします。当時の寺院は荘園の収入で寺院や教団を維持していたのです。泰時さんってとても「いい人」なんです。かつ魅力的。 この人を主人公にした大河ドラマなら見るんだけど・・・明恵上人も出演なさるし。 ところが明恵上人はきっぱりこの申し出を断ります。 ああ、もったいない。私ならすぐもらってしまいますけどね(笑)。もっと大きいのが欲しいなんておねだりしたかも。 明恵上人いわく:このような寺に収入源の荘園などがあれば、僧たちが贅沢になり、怠け者になる。稚児(ちご)などかこって堕落する。多くの寺が、浅ましくなっていくのは、みな暮らしが豊かすぎるからである。ひたすら精進すれば、人々からの恵みがあって衣食に困ることもなかろう。 明恵上人、カッコよすぎます!ため息がでそう。祇園で芸者さんをあげて遊んでいるという一部のお坊さんたちや既得利権にしがみつく一部の官僚たちに聞かせてあげたいわ。 山のはに われもいりなむ 月もいれ よなよなごとに また友とせむ の石碑 生涯、お釈迦さまの一弟子でありたいとして、教団を組織せず、したくもなかった明恵上人。 自分の弟子すらもちたがらず、「どうしても弟子にしてください」と押しかけてきた人を、弟子とは呼ばず、「同行」もしくは「同法」と呼んでいたとか。 高山寺が世界遺産の寺院と聞けば、立派なお寺を想像される方が多いでしょう。 絵画や書、彫刻など美術品の宝庫とはいえ、なぜこんな簡素なお寺が?と、つまらなく感じられるかもしれません。 そこには明恵上人の存在が大きかったと聞いています(モチロン、世界遺産になることが重大であるとは思いませんし、きっと明恵さんなら辞退されたでしょうね) 高山寺の森は、明恵上人という美しく気高い魂の記憶をとどめる森。 森に癒され、逃げたいことやつらいことを前にして、自分の「あるべきように」立ち返る勇気をもらえる森なのかもしれません。 小さな高山寺は、今も明恵上人が暮らした地に、ただあるだけでいいのだと思います。 ■京都 神護寺を訪ねて 明恵上人 1■へもどる 関連記事■明恵と女性 明恵上人 7 ■へ 関連記事■京都大原 花紀行■へ つづきの記事■明恵上人の不思議な現象と「あるべきようは」 明恵上人 3■へ 関連記事■明恵 夢記 耳切り事件■へ ■明恵 夢記 大孔雀王の夢、塔を昇る夢■へ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 参考に 石水院は近々修復工事に着工します。拝観をお考えの方は、お寺に工事の予定をお問い合わせになり、工事終了後いらっしゃるのがベターだと思います。高山寺:電話:(075)861-4204 @ 茶園 境内には茶園があります。(モデル茶園) A ■北条泰時 Wikipedia ■ B明恵上人関連の本 (2) 明恵上人 ←アマゾンの説明へ講談社文芸文庫 現代日本のエッセイ 白洲正子/〔著〕 この白洲正子さんの「明恵上人」はとても有名な本。格調高い白洲さん独自の文体で書かれていて面白い。 ただですね。原文の引用をたくさん載せているのですが、古文があまり読めない私には、原文だけでは難しかった。 原文 +現代訳を併記してほしかったです。誰もが白洲女史レベルに古文を読めるわけではないのですから。(おばかさんの感想でした) C 交通 JR京都駅からJRバス「栂ノ尾(とがのお)」又は「周山」行きに乗車し、「栂ノ尾(とがのお) で下車。約50〜60分 阪急四条大宮からもバスに乗れる |
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エピソードを読み、ハーとため息をつくと、サファイアさんの「カッコよすぎます!」というコメント。笑いが出ました(*^_^*) |
norako 2008/04/20 16:23 |
のらこさん、こんばんは。明恵さんを読んでいると、ホント心が洗われますね。人間ってこんなにも精神が美しくなれるんだ!って勇気がもらえる気がします。薄汚い事件が多い最近ですよね。美しいといえば、明恵さん、美形だったらしいけど・・・白洲さんのご本は、私が引用の部分の古文がすらすら読めないだけで、ああ書いたけど、他の方は読めるかもしれないので・・あまり気になさらないでね。あの時代ってみんな有名人物ってお互い知り合いなんですね。それから私もあそこが世界遺産になってとても嬉しいです。これからも永遠なりって感じで。コメントありがとうございます。 |
サファイア 2008/04/20 21:42 |
こんばんわ |
サザンエース 2008/04/20 23:08 |
コメントありがとうございます。拝金主義の世の中、私はもっと明恵さんのことをクローズアップしてもいいと思うんですけどね。私は京都は一通り回っただけで、さほど詳しくありませんので・・・京都には日本の原点のようなものが残っていますね。これから旅行を計画されるなんて、うらやましいです。こちらに住んでいて残念なのは、京都・奈良にお散歩感覚で行けないことです。京都在住の友人がうらやましいです。三千院も裏庭感覚なんですから。宮島の記事楽しみにしています。 |
サファイア 2008/04/21 07:43 |
明恵上人 |
モニカ 2008/04/21 15:11 |
こんばんは、モニカさん。やっぱり誰が聞いても、かっこいいですよね、明恵さん。 煩悩まみれはご一緒ですよ(笑)。 やっぱり男も女も心かな?それからジャミロクワイのAlbum 名がFunk Odyssey(ファンク・オデッセイー) で曲名が「The Corner of the Earth」だったと思うんだけど。よくドジするから、間違っているかも。でもアースに似てると思うのは、私の主観に過ぎないかもしれませんね。ファンキーで私は結構好きなんですが・・・・ |
サファイア 2008/04/21 19:45 |
最近の私の口癖は |
モニカ 2008/04/21 20:08 |
続きでございます(笑) |
モニカ 2008/04/21 20:10 |
「鈴」について知らなかったので、とても勉強になりました!お嬢ちゃま、ママの想いをしっかり受け止めて「鈴明」のように成長されますよ!ウチも「鈴暗」などにならぬよう、育ってほしいです。 |
サファイア 2008/04/21 23:44 |
サファイアさん、お帰りなさ〜い。 |
MOKO 2008/04/22 08:06 |
高山寺は、日本のお茶の発祥地なんですね。 |
MOKO 2008/04/22 08:20 |
モコさん、ありがとうございます。誉めていただくとこそばゆいです(笑)。高校時代かなりのワルだったから。元ワルたちの同期会だったんですよ。お母様亡くなられたんですね。お嬢様をはじめ、お孫さんの成長をきっと天国で喜んでおられますよ。うちも父は震災の年に亡くなりました。母はそれ以降病気なの。京都は一泊だけでした。ホントは2〜3日ゆっくり回りたかったけど、実家のほうを手伝わないとね。でも叔母さまがお元気で新茶を送ってくださるからいいですね。以前静岡に行ったおり、新茶をお土産に買って帰りました。とてもおいしいお茶でした。それから胸を張ってモコさんに報告できることがありますよ。「Little House on 〜」読み終わりました。ちゃんと全部ね。あれを薦めてくださってよかった!私、昔の時代が好きなんです。ハリーが書いてたけど、古き良きアメリカがあるだったかしら?自然の描写もよかったです。こちらこそありがとう! |
サファイア 2008/04/22 13:52 |
サファイアさん、いつも温かいコメントありが |
MOKO 2008/04/22 23:00 |
モコさん、ぜひまたKazuoIshiguroさんのご本紹介してくださいね。私、おねだり得意。Little House〜を読了したので、norakoさんが紹介されていたresistanceのとwingsを読もうかなって思っています。皆さんそれぞれ個性豊かなので、自分では読まないと思っているものを、「おお、こういうのも面白いんだ」って発見するのがとても嬉しいです。 |
サファイア 2008/04/23 18:20 |
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